後日談
それから十数年くらい経ったかくらいの同窓会。
みんな、酒飲める歳になっていて、昔話に花が咲いた。
そんな中のひとつで、遠足の話になったんだ。
当然、『ハグレの家』の話題も出た。
だけど、それまでテンション高かった数人が、急に黙りこくってしまった。
水を差されるっていうのかな、いや、冷水を浴びせられたっていう言葉のほうがしっくりする感じ。
急に、ハッキリしないというか、明らかに言葉を濁すような態度になった。
「あれ、みんな覚えてない?Aが電車のなかでさ……あ、B子、お前、Aと仲よかったじゃん?」
「あのときのことは、……あんまり話したくないんだよね」
B子と、B子と仲のいい、恐らく事情を知っている側の連中が下を向く。
なんとなく話を続けにくい空気になり、無理に追及しても仕方ないので、話題を変えようとしたとき、
「でも、もう時効だよね……変な誤解が続くより、ちゃんと話しておくわ。
……Aのためにも」
そういって、B子はポツリポツリと話し始めた。
「Aの家って親が牧師やってて、この辺じゃ珍しいクリスチャンだったんだよ。
子供の名前がそうだったじゃん?」
「確か……キリヒト、ナオミ、マリア、ミカ(全部仮名)だっけ?」
「そう。
で、Aは生まれたときからそういう環境だったからさ、小さい頃から『視える』って言ってた」
「みえるって何が?」
「Aがいうには、何か……『よくないモノ』だってさ。
でも、気味悪がられるんで、あんまり本人は話したがらなかったけどね」
「霊みたいな?」
たぶん、そういうのだと思う」
「普段からそうだったから、
だから遠足の……あのとき、Aはさ、間違ってもそういうのが見えないようにって、反対側の電車の窓の外を見てたんだよ。
あんな話なんて、まさにソレ系じゃん?」
「まあ、な」
「で、ずっと反対側の外を見てたんだって。窓の外をさ。
なんていうの?見るとは無しっていうのかな。ぼ~っと外をさ。
……でもさ、そういう見方をしてるとさ、見えちゃうんだよね。『窓』が」
「まど?」
「うん。電車の『窓』。
分かりにくいかな?
要は『窓』の上っ面。表面?
それでさ、……見えちゃったんだよ。
『窓』の表面のさ、反射した、反対側。
『あの家』の方向をさ……
『あの家』を窓ガラスの写った鏡面越しに……見ちゃった。
『あの家』を鏡像で見ちゃったんだ。
そしたらさ、A、『あの家』側の電車の窓からさ、入ってくるのが、見えたんだって。
そして、ソレと目が合っちゃった」
「それ?」
「うん、つまり……『よくないモノ』。それでもう、半狂乱っていうの?
ついてきちゃう!はいってきちゃう!って叫び出してさ」
当時の記憶が甦ったのか、B子はみるみるうちに青くなっていった。
「でも、みんなには、見えてないの。
電車の窓を、合わせ鏡にして見ているAにしか見えないの。
電車のなかにはいってきた!きちゃう!こっちきちゃう!って、もう尋常じゃない怖がり方で。
お化けだ!幽霊だ!って……
でも、その叫びは、その後すぐに止まった」
B子の目には、涙が今にもこぼれそうだった。
「A、ひきつけっていうか、ガクガクと痙攣しだして……
ぐぐ・・・ぐげげげげ・・・って、すっごい泡吹き出して……
その後、吐いたんだ」
そうか。
あのとき、そっち側ではそんなことが起きてたのか。
「A、普段すごい小食でさ、
一緒に食べたお弁当、朝ご飯を考えても、考えられないんだ。
なのに、すごい量……
どこにそんなのが入っていたのかってくらいの、ものすごい量を吐いた。
緑色しててさ、ブクブク泡立ってたよ」
B子は、ブルブルと震えだした。
「で、そのときさ……私も見ちゃったんだ。
窓越しのAを。
そして、……その傍らに居た、ソレを。
四つん這いだった。
黒くてよく分からなかったけど、目みたいなものが見えて……
にた~って、笑ってた。
私は、サーって血が引いて……
こないで~!こないで~!って。
その後は、よく覚えてない。
今も、何か、よく思い出せない」
言い終えて、B子はぽろぽろと涙をこぼした。
あのときの違和感が、ピタッとはまった。
お化け屋敷じゃなくてお化け。幽霊屋敷じゃなくて幽霊。
正しかった。あのときはそれで間違いじゃなかったんだ。
「あの遠足の後、A休んだでしょ?学校。実はお祓いに行ってたらしいよ。ずっと目が覚めなくってさ」
「お祓いって……おだやかじゃねーな。そんな大ごとだったんなら、B子、お前は大丈夫だったのか?」
「私は……多分、ちょっと見ただけだったから。
でも、Aは、Aには、……入っちゃったらしいんだ」
「取り憑かれたってこと?その……『よくないモノ』が?」
「たぶん、そう。なんか、相当ヤバかったみたい。
Aの吐いた中にさ……髪の毛があったんだって。すごい長いやつ。
人でいったら、大人の女の人が腰まで届くくらいの長さだってさ。
それも、何本も、何本も……」
……あのとき、そんな長髪の人はいなかった。引率の先生を含めても、乗客にも、いなかった。
Aはその後、一週間にも及ぶ祈祷でようやく目を覚ましたそうだ。
……そうだ、思い出した。
Aとはあまり接触がなかったが、それでも遠足の、『前』と『後』の違いを思い出した。
前はなんというか、明るく快活な感じだったのだが、帰ってきたAは暗く、誰ともあまり喋らなくなっていた。
まるで人が変わったようだった。
別人のように性格が違っていた。
……別人?
…………別の人格?
果たして、Aに入ったモノは、出切っていたのだろうか?
「だからさ、Aがあんなことになったのって、Aが全部悪いじゃないんだよ!」
「え、あんなことって?Aどうしたの?」
「だからさ、A、死んだじゃん」
「え、死んだ?」
「学校卒業してすぐ。ノイローゼになって首吊ってさ。自殺の話、覚えてない?」
そうだ……そうだった。同級生で自殺したヤツがいた。あれはAだったのか……
当時は受験ノイローゼなんて話だった気がする。すっかり忘れてた。
でも、それじゃまるで、全部……『繋がって』たみたいじゃねぇか。
今になって、ゾクゾクと背筋が寒くなった。
『ハグレの家』『よくないモノ』。
十数年越しに知る異常な恐怖体験。
だがこの話は、更にその数年後、意外なところで出くわすことになる。