出逢いはバチッと突然に
バチッ
デスクの引き出しを開けようとした時、冬特有のそれはやって来た。
「うっ」
彼女―水原麗は、思わず声を上げてしまった。
「どうしたんですか?」
隣でパソコンのキーを叩いていた後輩が、手を止めて尋ねる。
「いえ、ちょっと、静電気がね」
「静電気?このオフィスに金属、ありましたっけ?」
「多分、この引き出しの取っ手の部分だと思うわ」
「そう言えば先輩、『静電気防止リング』って、ご存知ですか?」
「知らないわ。なあに、それ?」
「これです。ほら」
彼女は、手首のヘアゴムのような物を見せた。ピンク色でかわいい。
「これを付けると、バチッと来なくなるんです。私、これ付けてから一回もバチッとなってませんよ〜」
「ふーん。それどこで売ってるの?」
「百均とかで普通に売ってますよ」
「ありがとう。じゃあ今日買ってみようかしら」
麗は、仕事帰りにオフィス近くの百均に行く事を決めて、仕事に戻ったのだった。
午後7時になったが、麗はまだオフィスにいた。課長に捕まってしまい、一人残業をさせられていたのだ。
「書類、できました」
やっと完成した書類を課長のデスクに置き、様子を伺う。課長は、ふむ、と言って一通り目を通すと…
「良いだろう、帰っていいぞ」
やった!奇跡的に文句言われなかった!
「ありがとうございます!」麗はそう言うと、また課長に捕まってしまわないように、全速力でオフィスを飛び出した。
会社の外ヘ出ると、途端に刺すような冷気に襲われた。彼女はブルッと体を震わせ、足早に歩きだした。
一人になっちゃったわね、麗はそう思い溜息をつく。全くあの課長は、席が近いからって私にばっかり仕事押し付けるんだから…席替えとかしないかしら、小学校みたいに。しないわよねぇ…
そう思いながら、白い息を吐きつつ歩いていたら、うっかり百均を通り過ぎてしまった。そうだ、ここであのゴムを買わなくちゃ…
彼女は思い出し、店に入っていった。ゴムは意外と早く見付かった。多分時期物の商品を扱っているのだろう、一番見やすい位置の売り場にそれはあった。
彼女は最後の一個だったレモンイエローのゴムを買って、その場ですぐに手首に付けた。レモンイエローは、彼女によく似合っている。彼女はわざと、ドアの金属部分に指先で触れてみた。
あ、バチッと来ない。
彼女は思わず微笑んで、店を後にした。
だが、駅に着いて、何気なく階段の手摺りに手を触れた時、
バチッ
再び来た。
あれ?やっぱりゴムつけてても、バチッと来る事はあるのかしら。そう思って何気なく手首を見たら、あるはずのゴムはそこになかった。
多分、歩いている間に落として来てしまったのだ。一瞬探しに行こうかとも思った。でも、と彼女は思い直す。どうせまた百円で買えるし、それに寒いから…
彼女は諦めて、そのまま帰る事にしたのだった。
駅のホームで電車を待ちながら、溜息をつく。
また買えるとはいえ、麗はちょっと残念だった。レモンイエローのゴムは、あれ一個しかなかったので、明日行ってもまたあるか分からなかったからだ。そんな事を思っていたら。
バチッ
まただ。何かと思ったら、隣の人の手が原因だったようだ。人にも静電気って溜まるのね、そう思いながら視線を上げると―
バチッ
その男性と目が合った。次の瞬間、ビリビリと衝撃が走る。二人は、一瞬、その場に立ち尽くした。そして―
「あ、あの、よろしかったら、次の駅でお茶でも…」甘めの声がそう言った。彼女は心の中でガッツポーズをした。そして、
「ええ、喜んで」
相手をシビレさせる、眩しい笑顔で、そう言った。
人の手でバチッと来る事って、意外とあるんですよ〜私も何度もあります。 さて、この話ですが、情けない事に、少し長めの話が一本、練っていないアイディアが一つ用意してあるだけで、その先の予定は全く決まっておりません… 先行き不安な話ですが、読んで下さってる方ご了承下さい。 お読み下さり、本当にありがとうございました!評価・感想お待ちしてます!




