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あの人がくれた音色

作者: くじら

誤字が見つかりましたので訂正しました。


引き続き、感想、評価など待ってます!



夢を見ていたようだ。







うっすら目を開けると、

夜はまだ黒々と続いている。


床の中、窓から射す

月明かりが遠い。



どんな夢だったか?



それは私が心の内の隅に

しまい込んでいた

古い思い出だったかも

知れない。


静かで、やわらかくて、

安らかな夢だった。


そっと、床から起き

あがって裸足の足を

床板に下ろす。


ヒヤリと冷たい感触、

体重をかけるとギッと

軋む音がする。


まだ夢のような

霞がかる意識と情景の中

、その冷たさと音が唯一たしかな現実に思えた。



瓶に汲んだ水を飲んで

喉を潤し、パンを一口

かじる。

虫に食われたほつれ

だらけの靴下をはき、

コートを羽織って帽子を

目深にかぶる。


鞄には先の瓶と

少しのパン、大切な

楽器を詰め込んで

底がすり減った靴を履く。


ギイ、と悲鳴のように

軋む扉を開けて、

私は外に繰り出した。


夜は、相変わらず淀みなく続いている。







  外に出ると、

世界が終わっていた。


かつてあった文明は

鉄くずとなり、朽ち果て、


果てしない空と、

空虚な風と、

深い海と、


膨大な大陸と、それを

覆い尽くす広大な







それだけを残して

世界が終わっていた。


いや、"終わった"と

思っているのは

私だけかも知れない。


しかし、おおよそ文明が

塩によって朽ちたことは

事実だし、私以外に

生きている者がいるとも

思えない。


ましてや、自分が

生きているかどうかも

定かではない。


文明が消えた世界に

生と死の概念があるか

どうかもわからない。


崩壊と再生の狭間で

全てが混沌としている。


ただひとつ確かに輝く

月を頼りに、私は

塩の砂漠を歩き始めた。





どれだけ歩いたか、

振り返ると真白の塩原に

足跡が延々と刻まれて

いる。


夜は明ける気配がなく、

カラカラと乾ききった風

が目に沁みるばかりだ。


動物はおろか、植物すら

根絶されたように見える。

一切の生命が絶えて

莫大な塩だけが在る。


私はひどく心細くなった。




「ん…?」




自分が歩いている足元の

凹凸はよくわからないが、

どうやら塩の小山の

ような場所のてっぺんに

来たらしい。



私は目の前の光景に

言葉を失った。



「……!!」




空と陸が

混じり合っている。




否、広大な湖のような

ものが空を歪みなく

映していた。



 私はしばし呼吸も

瞬きも忘れて見入った。


世界の終末を一瞬、

忘れてしまった。


天地の境はぴったりと

合わさり、踏み込めば

落ちてしまいそうな

漆黒の夜が足下に

迫っている。



美しい、


ひどく、美しい



しかし、私は同時に

途方もない無力感に

襲われた。


私はここから先に

進むことができない。

ここから先に何が在るの

かもわからない。


どうすることもできない

くらいに、その光景は

美しかった。






私にある記憶が蘇った。


世界が朽ちる

直前も直前のあの日、


崩れ落ちた石壁と鉄くず

の山を踏み越えながら

意味もなく彷徨っていた

私の前に、



あの人が突然現れた。



「嬢ちゃん、

何処へ行くんだい?」



彼は憔悴するでもなく、

絶望するわけでもなく、

暢気に、ひょうひょうと

私に声をかけた。


雪のような真白の髪に

透き通るような瞳。



今、この世界で

生きているものの中で

いちばん美しいと思った。


「どこに行くかなんて

わかりませんよ。」


「はは、そうかい。

じゃあ月が登る方向に

行くといい。」


「なぜですか?」



私が尋ねると、彼は何か

思いをめぐらすように

遠い眼をするのだ。



「…綺麗だったからな」


「綺麗…?」


「ああ、此処よりずっと

綺麗な所があったんだ」


「どんな所ですか?」


「そうだな…天と地が

混ざり合う場所だ。」



その時の私には彼の言葉の意味が分からなくて、

曖昧な返事しか

できなかった。



「まあ、行ってみれば

わかる。」


「あなたは何処へ…?」


「さあな、考えてない。

…だけど此処で嬢ちゃんに出会えて良かったよ。

これ、持って行きな。」

そう言って彼が差し

出したのは小さな

オカリナだった。



「吹き方も知らない

俺が持ってても

仕方ないからな。

嬢ちゃん、代わりに

使ってくれ。」


「え…」


「じゃあな。」



彼は戸惑う私の手に

その小さな楽器を

握らせて立ち去って

しまう。



呼び止めようとした。



だけどそれは許されない

ような気がして、


私は崩壊と消滅の狭間に

消えてゆく彼の美しい

後ろ姿を呆然と見送る

ことしかできなかった。





彼が見た「綺麗」とは

今、私の目の前に広がる

この景色だったの

だろうか?


彼もまた、月を頼りに

此処に辿り着き、

進めないことを知ったの

だろうか?


きっと、私はもう戻る

ことも出来ないだろう。


ならば此処に留まり、

此処で生きることを

手離そうか。



水際に寄り、

腰を降ろすとさらに

天地の狭間に飲み込まれそうになる。


カバンからあの日受け

取ったオカリナを出した。


そういえば、なぜ彼は

私が吹き方を知っているとわかったのだろう?


不思議で仕方なかったが、小さなオカリナは

最初から私のもので

あったかのように

手に馴染むのだ。


そっと、吹いてみる。


吹きながら、あの人の

ことを考えてみる。


名も知らない彼が

あの後どうなったかは

知らない。


どうか、彼も美しい場所で美しい最期を迎えて

欲しいと願う。



しかし、なんと優しい

音色なんだろうか。


あの人に、この音色は

届くだろうか。


いや、届けたい。

この優しい音色と

最期をくれた彼に


「ありがとう」と

伝えたい。






この世界は永遠だ。

変わらず海は広がるし、風も吹く。


自分はなんと無力なのか。


そんな無力な自分を、

あの人がくれた音色が

包み込む。


天と地が混沌と

混ざりあう世界の果てに、


あの人がくれた音色が

溶けてゆく。





まるで夢を

見ているようだ。





-了-

読んでくださり、

ありがとうございます。


たくさんのアクセス、

日々感謝しています!




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