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和歌はこの空気が気まずくてならなかった。
普通の学校の教室と何ら代わりのない黒板があり、教卓があり、掲示板があり、生徒の机と椅子が並ぶ。
ただ、気まずい上に普通でないことは和歌に視線を向ける人間ではない生き物たち。
「よぉ、人間。ここはどうだ?居心地いいだろう?」
「……ぃぇ。」
「あっ?なんだって?聞こえねぇわ。」
「いっ…居心地良いです!ありがとうございます!サタン様!」
「そうだろうそうだろう。天使より、やっぱり悪魔だよな!わかってるじゃねぇか人間。誉めてやるぞ。」
「…ありがとうございます。」
和歌は悪魔のクラスにいた。
なんで悪魔?最初からクライマックスですよね?
神様私の願い事も自分の目的も叶えるつもりないですよね?
和歌の心の叫びは届かない。
クラスの中心から少し窓よりの和歌の席の隣は、黒髪に蛇のような鋭い瞳の紅目、爪には黒いマニキュア、ひょろっと身長は高く血色の悪い肌のサタン様と呼ばれる地獄の悪魔の長。
そして、彼の席だけ中世ヨーロッパ調のゴージャスでアンティークな机と椅子になっており、所々飾られた骸骨がいかにもな雰囲気を漂わせている。
骸骨に所々黒いナニカが付着しているのが目に映り、和歌は血の気が無くなる感触がした。
「そう絡んでやるなサタン。人間が怖がっちょる。やめたれ。」
天の助けか!期待して反対のお隣を見た和歌は絶望した。
絶対に、「や」がついて「ざ」で終わる職業の方の顔に猫耳が生えて王冠が乗っており、左胸のブレザーには大きなカエルさんバッジをつけたおっさんがそこにいたのだから。
「バール!テメェ何言ってんだ!偽善大好きな人間がよ、悪魔のところに来たんだぜ?カ ン ゲ イ してんだよ。」
「…はぁ。嬢ちゃん、大丈夫か?」
マジマジ見るほどバールという悪魔の顔は凄まじい破壊力であり、和歌は口元が笑ってしまうが目は恐ろしくて笑えない微妙な表情になってしまった。
「ほれ見んかサタン。怖がって嬢ちゃんが珍妙な笑顔でおるぞ。謝ってやれ。」
「ゼッテェ俺じゃねぇよ。おまえの面白ファッションの反応に困ってんだろ。」
どっちもです。
言いたいがここで言えるほどの勇気を和歌は持ち合わせていない。
「なに?!そうなのか嬢ちゃん!!」
バールが顔を近づけてきた。和歌は全力で目をそらした。
和歌の耳にぐすっと鼻をすする音が入ってきた。
「あっ、アスタロトはっかっこうう、いいって…言ってくれたんっ じゃがのうっっううう…」
猫耳カエルバッジの強面おっさんが鼻水を垂らし嗚咽を漏らす。
「かっこ…いいですよっ!」
たぶん。
どうしていいか分からなかった和歌は嘘をついたことに罪悪感を覚えた。
「本当か!」
「…ええ。」
たぶん。
両腕を捕まれても、和歌は決して目を合わせない。
「ううっ、ありがとうな……アスタロトぉぉお!!」
猫耳ヤクザはどこかへ走り去っていった。
ほっと一息ついた和歌の肩に手がめり込んだ。
「ひっ!」
手の先を目で追いかけると、サタンが顔を手で覆っていた。
肩にはどんどん指が食い込んでくる。
「…いたい。」
「お前、良いやづだな!」
「はい?」
サタンは涙を流し感動していた。
和歌はこの凶悪でヤバそうで馬鹿そうな悪魔に驚きしか出なかった。