さくらのバッジ
バタバタ
バタバタ
ママがバタバタ
パパもバタバタ
「ねぇママ、どうしてみんなバタバタしてるの?」
「あっちゃん、どこのおうちも、こうやって一年のおわりに大そうじをするのよ。おうちをピカピカにして、あたらしい年をきもちよくむかえるの」
「あっちゃんもバタバタする!」
その日から、
ママがバタバタ
パパもバタバタ
あっちゃんもバタバタ
雪はチラチラ
ママはカーテンをはずしてあらいます。
パパはタンスをはこびます。
あっちゃんはおもちゃをおかたづけします。
クリスマスにサンタさんからもらったおもちゃのカギはいる、キツネのキーホルダーはいらない、くまのぬいぐるみはいる、おりがみでつくったしゅりけんはいらない、…
あっちゃんの『いらないものの山』は、みるみる大きくなりました。
ずんずんおかたづけをすすめていくと、さくらのかたち、さくらのいろをしたバッジがでてきました。あっちゃんがようちえんにつけていっていたバッジです。それには、ひらがなであっちゃんのなまえがかいてあります。
はりがあぶないから、まいにちまいにちママがつけてくれました。
さくらぐみだったあっちゃんは、このさくらのバッジがおきにいりでした。でも、あっちゃんはもう小学一年生。ようちえんはそつえんしたので、このバッジも『いらないものの山』になかまいりです。
「あっちゃん、おかたづけよくがんばったね。えらいぞ」
『いらないものの山』は、パパがまとめてポイしてくれました。
「あっちゃん、おつかれさま」
ママがにっこり、ぎゅーしてくれました。
すると、あっちゃんのこころもからだも、ポカポカになりました。
それがとってもうれしくて、あっちゃんは冬にバタバタするのが楽しみになりました。
それからまいとし、みんなでバタバタ。
おわるとかならずママがぎゅーしてくれました。
ある冬、めずらしく、つもるほどの雪がふりました。
せつげんに、赤い花がさきました。
バタバタしておうちをピカピカにしないといけないのに、ママはおきません。
ママのおかおをさわると、ひんやりしました。あっちゃんはあたためてあげようとぎゅーしました。
あっちゃんは、ぎゅーをするとこころもからだもポカポカになることをしっていました。
「ねぇパパ、どうしてママをひやすの?冬なのに、ママさむいよ。あっためてあげなくちゃママおきないよ」
パパはいいました。
「あっちゃん、ママは雪の妖精になったんだよ」
あっちゃんは、ママにぎゅーしてもらいたくて、いつもみたいにバタバタしました。
カゼをひいたとき、ママがかってきてくれたハートのペンダントはいる、ママとおそろいの、てづくりのミサンガもいる、ママがほめてくれた絵のしょうじょうもいる、ママがいつも読んでくれるえほんもいる、
あれ、おかしいな。
ことしはぜんぜん『いらないものの山』ができません。
どれもこれも、ママのぬくもりがあるのです。
あっちゃんは、はじめてバタバタした日のことを思い出しました。
まいにち、ママがつけてくれたさくらのバッジ。
どうしてわたしはさくらのバッジを『いらないものの山』に入れたんだろう。
あっちゃんがうれしい日も、かなしい日も、まいにちまいにちママはバッジをつけてくれました。
きっとママにも、うれしい日、かなしい日、あったでしょう。
あっちゃんがいいこに朝ごはんをぜんぶ食べた日も、あっちゃんが「ママなんてキライ」といった日も、しんたいそくていであっちゃんの身長がのびた日も、あっちゃんが「りえちゃんのおべんとうみたいなかわいいのがいい」とおべんとうをのこした日も、ママはかわらずバッジをつけておくりだし、バッジをはずしてむかえてくれました。
たとえさむい冬であっても、ママがバッジをつけてくれると、まるで春になったかのように、あっちゃんの心にはぽっとさくらがさくのでした。
さくらのバッジには、ママのたくさんのあいがつまっていました。
まどをのぞくと、あの日のように雪がチラチラふっています。
『ママは雪の妖精になったんだよ』
パパのことばをおもいだしました。
あっちゃんは、ママにぎゅーしてほしくて、おそとにでました。
チラチラ
チラチラ
雪があっちゃんをつつみます。
「パパ、ママのぎゅーはこんなにつめたくないんだよ。これはママじゃない」
つもった雪をとかすかのように、あついなみだがポタリ、ポタリ。
チラチラ
チラチラ
ポタリ
ポタリ
チラチラ
チラチラ
ポタリ
ポタリ
「あっちゃん、カゼひくよ」
パパがあっちゃんをぎゅーしました。
ママのぎゅーはやわらかくて、あたたかくて、いいにおいがしたけど、パパのぎゅーはいたくて、くるしくて、むねがきゅうきゅうしました。
あっちゃんのなみだはいっそうあつくなりました。
「あっちゃん、みてごらん。雪はつめたいけど、こんなにキレイなんだね」
チラチラ
チラチラ
キラキラ
キラキラ
「パパ、ママがいないせかいは、キレイじゃないよ」
ポタリ
ポタリ
ポタリ
ポタリ
ふたりぶんのあついなみだは、つめたい雪をとかすことはできませんでした。
大好きだった冬をきらい、楽しみだったバタバタをやめてから、長い年月がすぎました。
あっちゃんは大人になって、大好きな人とけっこんし、さっちゃんというかわいい女の子をさずかりました。
あっちゃんは、ママになったのです。
「ねぇママ、どうしてみんなバタバタしてるの?」
「さっちゃん、どこのおうちも、こうやって一年のおわりに大そうじをするのよ。おうちをピカピカにして、あたらしい年をきもちよくむかえるの」
「さっちゃんもバタバタする!」
ママがバタバタ
パパもバタバタ
さっちゃんもバタバタ
雪はチラチラ
「ママ、さっちゃんおかたづけできたよ!」
「よしよし、さっちゃんえらいねぇ」
ママはさっちゃんをぎゅーしました。
あの日からずっとずっと、あっちゃんの心にひっかかるのは、さくらのバッジのことでした。ママからのあいをすててしまったと。
しかし、あっちゃんはさっちゃんという命をさずかったとき、はじめてママのきもちがわかったようなきがしました。
ママのあいは、さくらのバッジをすてたことではびくともしないのです。
ママになったあっちゃんが、さっちゃんのかみのけの一本いっぽん、ぷにぷにのおはだ、かわいいおゆび、ふさふさのまつげ、やわらかいにおい、わがままなところ、やさしいこころ、さっちゃんのすべてにあいをそそいでいるように、
あっちゃんのママも、あっちゃんをまるごとあいしてくれたにちがいありません。
あいをそそいでくれた自分を大事にすること。せいいっぱい、なやみ、よろこび、せいちょうしてゆくこと。
それこそがきっと、ママからのあいであり、ママへのあいなのです。
「ママ、ゆき!ゆき!」
さっちゃんがママの手をひき、ママを外へつれだしました。
「ああ…」
まるであの日のようなせつげんが広がっていました。
「ママ、ママ、キレイだねぇ」
チラチラまう雪のなか、ふかふかの雪のじゅうたんの上で、さっちゃんがむじゃきに両手を広げおどります。
あの日から、すっかりこおったままのあっちゃんのこころを、どうやらさっちゃんがとかしてくれたようです。
チラチラ
チラチラ
ポタリ
ポタリ
チラチラ
チラチラ
ポタリ
ポタリ
「マーマ?」
「おいで」
ママはさっちゃんをぎゅーしました。
「さっちゃん、ママがぎゅーするとポカポカする?」
「うん!」
「あのね、さっちゃんをぎゅーすると、ママもポカポカするんだよ」
ママが空をみあげました。
「ほら…おばあちゃんも、おつかれさまって、ママとさっちゃんをぎゅーしてくれてる」
チラチラ
チラチラ
キラキラ
キラキラ
チラチラ
チラチラ
キラキラ
キラキラ
「…キレイだね、さくら」
大切な人を亡くし、自分の過去の行動を後悔し、自分を責め続け、前に進めない方へ。




