セカンドラヴ
帰郷して一週間後に、俺を好いてくれていた女に会った。
その女とはむかし付き合ったことがある。
別れたのは彼女が嫌いになったからではない。結婚願望がなかった事と、生き急いでいたからだ。
彼女は別れた後も連絡をくれていたし、俺も嫌いじゃなかったから相手をしていた。
だが、わざとつれない態度をとり続けた。
俺の口癖が、「早くいい男を見つけて結婚しろ」で、彼女の口癖が、「私と悠次兄ちゃんは運命だから」だった。
帰郷する頃、彼女からの連絡は三ヶ月ほど途絶えていた。
正直に言って彼女には会いたくなかった。
まだ俺を好きであろう彼女と、彼女に惚れてしまうであろう自分が想像できたからだ。
が、彼女の友達の余計なお節介で会う羽目になった。
そしていやな予感はあっさり的中した。
彼女の気持ちは手にとるように分かる。彼女もまた俺の気持ちがわかったはずだ。
しかし今度つき合うのなら、責任を取らなければいけない。そのぐらいの分別はこんな俺にもある。
俺は、自分に突っ張った。
わざと嫌われる事を言い、二度と会わない約束を一方的に押し付けた。
彼女は黙って頷いてくれた。
最後に彼女がせがんだキスは、懐かしい味がした。
彼女と別れた後、思考に抑えられていた感情が猛然と暴れだす。
思考と感情のせめぎあいは果てしなく続いた。
眠れぬ三日目の朝を迎えようとした頃、ふと彼女がこの世からいなくなったら、と思った瞬間、凄まじい虚無感に襲われた。
しばらく茫然としていた。
どれだけの時が経ったのだろう。
俺は彼女の大切さを、深いところで認識した。
これまで付き合った中で、本当に心を許したのは彼女だけだということ。
これだけ俺を想い続けてくれたのは彼女だけだという事。
無意識のうちに彼女の存在が体の一部になっていた事を。
長い苦悶の末ようやく思考と感情が一致した。
同時に、人生で初めて結婚を覚悟した。
そのまま眠れずに朝を迎え、頃合を見計らって彼女の家へと車をとばした。
彼女の家の、近所の公園に車を停め、彼女宅へと歩いている途中、神のはからいか、たまさか彼女が車で通りかかった。
俺は止まってくれと車を手で制し、結婚の決意を胸に秘め、冷静を装って窓越しに話しかけた。
しかし、彼女の態度は邪険そのもの。
「二度と近寄らないで」
冷たく言い放ち、喋る間も与えず早々と走り去った。
その場に取り残された時の気持ちを書きたくはない。
だがその状況の中でも、心のどこかで『また俺に戻ってくるさ』そう思っていた。
それから一月ほど経った頃、彼女の親しい友達が話してくれた。
帰郷して初めて彼女に会った時、彼女はひとりで、一週間前から始まったつわりで思い悩んでいた事。四月にどこかの男と、挙式することが決まった事を。
やがて秋になり、彼女が結婚したこと、出産したことを耳にした。
八年にわたるストーリーのエピローグである。