レインボーブリッジを眺めながら
港区にある某大手パソコンメーカーのオフィス。
今日はノー残業デーの為に、まだ二十一時過ぎだというのに、仕事をしている者はごく僅か。
オフィスはフロアを二つに区切っただけの簡単な造りで、遠くまで見渡せる。
無用になった部署の蛍光灯が、天井にひっそりと張り付き、休息をとっている。
同じ部署の者はもう誰もいない。
静かなオフィスの中で、統括部長のデスクの後ろにまわり、一人夜景を眺めていた。
腰の高さから天井まであるウィンドウからは、所々をビルに邪魔されながらも東京湾が一望できる。
目線をさげると電飾されたレインボーブリッジが東方向にのびており、その先にフジテレビの社屋が見える。
しばらく物思いに耽り、昼間とうって変わった大人の景色を楽しんでいた。
すると音もなく秘書の麗子さんが横に並び立った。
「きれいな夜景だね」
ぐるりと眺めてから、独り言のように呟いた。
「そうですね」
飾り立てずに俺は受け応えた。
それから二人で無口になって景観を分かち合った。
昼間の活気が嘘のようになりをひそめ、贅沢な静けさが辺りを覆っている。
就業時の緊張が体からゆるゆる抜けていき、代わりに充足感が体を占めていく。
ふと麗子さんが、
「この時間なら彼女を連れてきても大丈夫だと思うよ。――こんなに綺麗なんだもん。今度彼女つれてきなよ」
光の点描を見ながらぽつりと言った。
俺はおもわず麗子さんをみた。
気配を感じて、麗子さんも俺を見る。
目が合い、本心が溢れそうになる。
俺は喉まで出かかった言葉を、危ういところで飲み込んだ。
何も言わずに微笑み、視線を窓のむこうへと翻した。
車の光が連なる人工蛍の合間を縫い、湾をひっきりなしに往来している。
いくらか経つと、たかなるムードを堪能した麗子さんはその場を離れ、帰り支度に取り掛かった。
俺はあくことなく、レインボーブリッジを眺め続けた。
頭の中では同じ考えがずっと渦巻いている。
『どうにかしてあそこからバンジージャンプできないだろうか』
さすがに麗子さんには聞けなかった。