タコ部屋で
新宿駅の片隅で地べたに腰を下ろしシケモクを噛んでいると、見知らぬルンペンが話しかけてくる。
アルコールがまわっているのに加え訛りがひどく、何を喋っているのか聞き取れない。
相手がなにか言うたびに、
「えっ、なんですか」
と丁寧に聞き返す。
話はまったく通じない。
業を煮やしたルンペンがひどい訛りで言う。
「オメェーどこの人間だ。日本人じゃねぇのか」
「いやあ日本人なんですけど、田舎出身なもので」
べつに訛りが悪いと思っていないし、どこの訛りであろうと愛着すら感じるのだが、当時の俺は訛りが抜けていた。
その人との会話を傍から聞いていたらさぞかし笑えたであろう。
ルンペンは最後に、「オメェーもがんばれよ」ろれつの回らない口で言い、ふらふらとどこかへ消え去った。
入れ替わるようにして今度は手配師がやってくる。手配師というのは、建築現場などの日雇い人夫を調達する人の事だ。大抵のルンペンは手配師の世話になっている。あっ、それじゃあルンペンとは言わないな。ホームレスだ。
手配師は俺の顔を見るなり、「三千」ときた。
普通なら、誰が一日三千円の日当で肉体労働をするか、ってなるけど、ホームレスにしてみれば十分にありがたい。暖かい飯を賄ってもらえるし、屋根のある暖かい部屋を確保できる。三千円はまるまる懐に残るし、仕事は雑用ばかりで大したことはない。
「期間は?」
「とりあえず一週間」
俺は手を打った。
手配師について行くと、ワゴン車の横でホームレスが二人、すでに待ちくたびれていた。年齢は判別しにくい。五十前後だろうか。用心深い目で俺を見る。
お互い無言で挨拶もなく、ワゴン車に乗り込む。こういう世界では気安く話しかけないほうが無難である。
交通の便に電車ばかり使っていた俺は、どこをどう走っているのか見当がつかなかった。車は十五分ほど走って、アパートの前で止まった。
手配師についてアパートに入っていくと、四畳半の部屋で元締めらしき男が待っていた。
「こんばんは」
頭をさげて部屋に入る。
「いいねえ。この子は挨拶ができるよ」
元締めが感心して言う。
俺は子供じゃねえよ、と思いながらも、顔には出さず、部屋の隅っこに腰を下ろす。
あとの二人も続いて畳に座り込んだ。挨拶もせず、愛想もないのだが、態度は謙虚だ。手配師に嫌われると死活問題につながる。
元締めらしき男は酒を飲んでいて、すでにほろ酔いだった。その隣にはオカマなのかホモなのか見分けの難しい賄い婦が座っている。年の頃はやはり五十前後だろうか。髪を腰のところまで伸ばしており、仕草は女より女っぽい。ただ、髪を伸ばしてはいるものの、見た目は男のままだ。オカマならもう少し女っぽくすべきだし、ホモなら髪を伸ばす必要もないだろうに、一体どっちなんだ、と、どうでもいい事を考える。
できあがった元締めが、簡単に説明を始める。今日の寝床は隣の部屋って言うんで覗いてみると、六畳の部屋にびっしり布団が敷いてあった。かぶり布団だけが異様に小さい。いったい多い時は何人がこの部屋で寝るのだろうか。
そのうち賄い婦が夕飯の支度を始めだした。
食卓の上を片付けている時に元締めにお尻を触られ、
「いやだぁ~、もう」
と嬉しそうにしている。
「どうだオイ、今日は若い兄ちゃんがいるぞ。ねだったりするなよ」
すけべ笑いでからかわれた賄い婦は、色目を使って俺を見る。
オイオイ勘弁してくれよ。でも向こうが掘られるほうだから、俺がレイプされる事はないか。ひとまず安心。
しばらくすると、「寒いね~」肩をそびやかして玄関から別の男が現れた。
男は俺の横に座ると、俺を気に入ったらしく、しきりに酒を勧める。どうやら元締めの相棒らしい。
俺は丁寧にお酒を断った。
「南国出身のくせに飲まないとは変わってるなあ」
怪訝そうに言い、与太話をはじめた。
取るに足らぬ話を根気よく相手していると、賄い婦が次々と夕飯を運んでくる。
ごはんに納豆に味噌汁、テーブルの中央に大きなお皿で魚の煮付け。いやあ、よくもこれだけ不味く作れるもんだなあと感心するぐらいに不味かった。酒を目一杯飲んで、味が分からなくなるぐらい酔っとくべきだったと、少し後悔。
酒に酔った元締めの相棒は尚も話し掛けてくる。
「若いのになんでこんな事になったんだ」
「こういう経験をしてみたくて」
俺の返事に不可解な顔をした。
「変わってるなあ。俺はなあ……」
その人は十数年前、大阪に住んでいた時に博打で二千万の借金をつくり、東京に逃げてきたという。
一生、裏社会で生きるつもりだろうか。
ろくでなしの人生なんてどうでもいいのだが、色々と考えさせてくれる。
やがて夜も深け消灯。
考えさせられる事が多くて眠れないかと思いきやすぐに熟睡。
どこでも平気で寝れる俺は幸せ者に違いない。