新宿駅で
薄汚いジャンパーに身を包み、往来する人の波を眺める。
地べたに座り込んだ視線から見えるのは、人々の靴の裏。
俺はこの眺めが好きだった。
社会の最下層にいるような心地よさ。
これ以上堕ちることのない安堵感。
日本で一番人の出入りが激しいこの駅では、今日も人々が虫の大群のようにうごめいている。
そこに座って物思いに耽っていると、雑踏も気にならず、一人の世界に入りこんでいける。
いつしか静寂に引き込まれ、山奥で一人、座禅をくんでいるような錯覚に陥る。
俺もこの大群の中の一匹か…
なぜ人はそんなに急ぐのだろう。
なぜ人は争いたがるのだろう。
なぜ人は考える力をもってしまったのか。
なぜ……
次から次へと疑問符が湧き上がる。
疑問符が感嘆符に変わることはない。
俺はただ、思想を楽しむ。いかれた社会の真ん中で、人目もはばからず。
と、突き刺さる視線を感じ、現実に引き戻された。
向こう側を見ると、柱の影から警察が俺をチェックしている。
『せっかくの時間をぶち壊してくれてありがとう。まったく。俺がヤクの売人に見えるのかい? これまでに犯した罪は、交通違反と裏ビデオ鑑賞だけだよ。もっと人を見る目を養いな、善良なはずの警察さん』
一人の世界を遮断され、機嫌を悪くして立ち上がると、ジーンズのお尻をはたいて日常の世界へと舞い戻る。