表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

幸せを呼ぶ小槌

作者: 忍野佐輔


「ぴ~こぴこぴこ、ピコピコハンマー♪ かっわいい、わたしの、打ち出の小槌~♪」

 少女は歌いながらハンマーを振り下ろす。

 振り下ろす度に音が鳴り、幸せがあふれ出る。


 

 夜道に歌声が響いていた。



 その歌は少し調子っぱずれで、けれど歌い手の機嫌の良さが伝わってくるような明るい歌だ。

「ひとふりすれば、背が伸びて~。ふたふりすれば美少女に~。さんしでお金がざっくざく! さてさて五回目、なにがでる~?」

「ご機嫌だね、咲喜ちゃん」

 歌い手に声をかけたのは人の良さそうな青年だった。彼は手を繋いでいる少女に控え目な笑みを向ける。

「うん! 楽しいよ!」

 対して、手を引かれている少女は満面の笑みを弾けさせた。それだけで夜道が陽に照らされたような、そんな錯覚を覚えるほどの幸福に満ちた表情だった。

 こんな表情を浮かべる事は、少女にしては珍しい事である。

 今年で五歳になる彼女だったが、歳相応に笑う事は非常に少なかった。

 それは偏に家庭事情によるものが大きい。

 母親が他界したばかりの少女の家庭は、砂で造った城がひび割れていくように、少しずつ壊れていたのだ。。それこそ喜怒哀楽の一つでも表に出してしまえば、一気に砂の城は海の藻屑と消えてしまうだろう。

 そんな少女も今日ばかりは、額にセルロイドのお面を乗せ、二の腕には抱っこちゃん人形、手にはカラフルなピコピコハンマーと、まさに『縁日帰りの子供』スタイルだった。

 少女はふと顔を上げ、手を繋ぐ青年に声をかける。

「ねえ巧己にいちゃん」

「ん?」

「えっとね――うーん……なんでもない!」

 少女は精一杯の笑顔で誤魔化した。

 このまま家に帰らず彼と一緒にいたい。少女はそう伝えたかったのだが、それは出来ないことだと諦めたのだ。酒を飲み始めた父に追い立てられて、そのまま外に追い出され、縁日の祭り囃子に誘われた少女。青年はその縁日で出会っただけの人間だ。色々と買ってくれたのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。五歳の少女は、そう考えたのだ。

「それじゃ、バイバイ!」

 不思議そうに少女を見つめる青年の手を振り切って、少女は駆け出した。

 これ以上一緒にいたら、耐えられなくなってしまう。

 家での生活に耐えられなくなってしまう。

 少女は振り返ることなく、夜道を走り抜けた。



「ぴ~こぴこぴこ、ピコピコハンマー♪ とっても、つよいの、打ち出の小槌~♪ いやなの全部消してやれ~♪」

 少女は歌いながらハンマーを振り下ろす。

 振り下ろす度に音が鳴り、幸せがあふれ出る。



「ご機嫌だね、咲喜ちゃん」

 青年はいつもと変わらぬ声で、少女に微笑んだ。

 少女も青年を見上げて微笑み返す。未だに縮まらぬ身長差にはやきもきするが、こうして見上げるのも悪くない。少女はそんな事を考える。

「悪いね、そんなこと頼んじゃってさ」

「ううん。たまには日曜大工も楽しいわ」

 中学生になった少女はそう言いながら、ハンマーを振り下ろす。

 青年はこれ以上ないほど不器用だった。捨てられた子犬を拾ってきたは良いものの、いざ、犬小屋を造る段になって何度も失敗したらしい。少女が青年の家にやってきた時には既に、買ってきたらしい木材が半分以上無駄になっていた。

 なので仕方なく、少女が犬小屋を造るのを買って出たのだった。

「でも、歌をうたいながらで大丈夫なのかい? 僕だったら気が散って、間違って指を叩いちゃうよ」

「もう、バカにしないで。巧己だけよ、そんなの」

「あれ? 『お兄ちゃん』は?」

「――――ッばか! 邪魔だからあっち行って!」

「なんだ、どうしたんだ……?」

 腑に落ちない顔をして青年は子犬を抱き上げる。そのまま家の中へ戻っていった。

 そこは、少女と青年の新しい家だった。

 少女の家庭事情を知った青年は、上京を機に一人暮らしを始めるにあたって少女をルームメイトに選んだのだ。

 少女の家庭事情を知った青年は、彼の知りうる限り全ての人脈を使って、少女を藻屑と成った家から救い出した。児童相談所や警察の他にも、口には出せない職業にも知り合いが居たらしい。彼らの尽力によって、いつの間にか少女を殴る事を日課にしていた父親はいなくなり、青年との共同生活が決まっていた。人一倍お人好しの青年にとって、それは慈善活動のようなものだったのかもしれない。現に今も青年は、少女を可愛い妹として扱っている。

 けれど、少女にとって青年はまさに白馬の王子様であり、今の生活は彼との駆け落ちに等しかった。

 少女は青年が家の中に戻った事を確認すると、犬小屋作りを再開する。

 自然と口からいつもの歌が溢れてくる。


「ぴ~こぴこぴこ、ピコピコハンマー♪」


 少女は歌いながらハンマーを振り下ろす。

 振り下ろす度に音が鳴り、幸せがあふれ出る。

 夜道に歌声が響いていた。

 帰り道だった。

 帰る先は、青年と暮らす家。の、はずだった。

「ひとふりすれば、意識を奪い、ふたふりすれば血塗れに~。さんしで骨がぼっきぼき! さてさて五回目、何がでる~♪」

 けれど、帰ってきたのは幸せな家ではなかった。

 幸せな思い出を遡り、最後に溢れてきたのは、藻屑になったはずの砂の城。

「あれ? もう、音鳴らないや」

 少女は不思議そうに、振り上げたハンマーを見つめ「まあ、いいや」と振り下ろす。

 ――ビチャリッ。

 水気を含む粘着質な音が鳴る。

 それは、少女の父親が発した音だった。

 正確には『父親だったモノ』というのが正しい。人の親は人なのだ。赤黒い有機物の塊の事を『父親』とは呼べない。

「ぴ~こぴこぴこ、ピコピコハンマ~♪」

 少女は歌い続ける。

 何故なら、この歌を唄う時にはいつも傍らに彼がいたからだ。そして『ご機嫌だね、咲喜ちゃん』と微笑んでくれるのだ。

 その事を思うと、少女の口元が自然とほころんだ。

 ああ、早く来てくれないかな。だって、こんなに辛いんだもの。巧己がお父さんに殺されちゃってこんなに悲しいんだもの。早く慰めてくれないと壊れちゃいそうなんだもの。早くそこにある巧己お兄ちゃんの死体をどけてよ、巧己お兄ちゃん。見てたくないの。

 ねえ、巧己お兄ちゃん。早く来て。

 青年が来る事を想像するだけで、少女は笑顔になっていく。


「ぴ~こぴこぴこ、ピコピコハンマー♪」


 少女は歌いながらハンマーを振り下ろす。


【おしまい】



「幸せを呼ぶ小槌」はお楽しみ頂けましたでしょうか。

もし、少しでも有意義な時間を提供できたのであれば幸いです。

この作品はTwitterで頂いた「ピコピコハンマーを使ってシリアスな小説」というお題のもと作成いた掌編になります。

お題は随時募集しておりますので、メッセージや感想などからお願い致します。

それでは、僕の作品をお読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 少女の愛らしさと、バッドエンド感。 [気になる点] 個人的なことなので無視してくれた方がいいのですけれども、文章がラノベっぽくて少し点数を下げさせてもらいました。 [一言] 僕好みの作品で…
2012/09/01 00:27 退会済み
管理
[一言] 忍野佐輔さん はじめまして。くろねこという者です。 なんだか不思議な感じのするお話でした。 ピコピコハンマーから想像するなんてすごいですね! 次のお話も楽しみにしています^^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ