紙の上の真実
気が付くと目の前には真っ白な天井が広がっていた。涙を浮かべた母・香純が覗き込んでいる。
「大丈夫?あなた3日も眠ったままだったのよ?それにどうしてあんなところにいたの?何があったの?偶然車が通りかかったからよかったものの・・」
香純の言葉がぼんやりと頭に入ってくる。手には点滴が繋がっていた。体を起こすと、部屋の隅には同じく心配そうな父・大樹と弟・祐樹がいる。
「・・先輩は?」
思わず香純の顔を見る。その時トントンと部屋がノックされ、慎也が入ってきた。ジーパンとTシャツに着替えている。頬に白いガーゼを貼っていた。
「3日ぶり。目覚めた?」
慎也が少し笑みを浮かべて優奈に聞く。優奈は1、2回頷いてから
「あれ、何だったんですか?」
と慎也の顔を見つめた。香純が不安気に慎也を見る。慎也はフゥッとため息をつき、優奈の前に新聞を置いた。大きな見出しで
「無惨!小集落の悲劇」
と書いてあり、写真が載っている。日付は3年前になっていた。読み進んで行くに連れ、優奈の手が細かく震えだす。
「元から存在してなかったんだよ・・あの集落は。土の下に埋まってたから・・だからきっとケータイも圏外だった・・。」
静かな声でそういうと、慎也は脱力したように丸椅子に座った。
「冷静に考えてやっと気付いたんだ。祭りはにぎわってたけど、客も出店の店員もパン屋のバァさんも誰1人としてオレらに話し掛けてこなかった・・。これはオレの仮説だけど、あの集落の人は多分もう誰も生きてはいない。あの祭りは同じ集落に住む人間だけに受け継がれた伝統だったと思うんだ。だから他からきた
「よそ者」
のオレ達には誰も話し掛けてこないし、オレ達の話だって聞かない・・。」
慎也はそこまでいうと天井を向いてため息をついた。
優奈の目には自然と涙が溢れてくる。豪雨により土砂崩れ発生、生存者絶望的・・。布団の上の新聞紙に印刷された黒い文字が涙で滲んだ。学校に通うのが遠くて大変だ、中学校は山の小さな学校に通う。そんなことをいっていた友達が卒業式にはいなかったことをどうして思い出さずにいられたのだろう・・。
「でもどうしても1つだけわからないことがある。」
優奈が小さく嗚咽を始めると慎也がいった。
「神社で会ったあの人は誰なんだ?あの人は確かにオレ達に決して後ろを振り返ってはいけないっていった・・。」
慎也がまた天井を見上げる。少しの間、目を閉じてそれからまた口を開いた。
「目覚めた後オレらを助けてくれた人に話を聞いたんだ。あの日、雨すごかったじゃん?オレ達が倒れていたすぐ後ろで、また土砂崩れが起きたらしい・・。逃げる途中で、もしあのじぃさんの言い付けに背いて後ろを振り返ってたら・・多分2人共死んでた・・。」
語尾が少し震えている。
「・・先輩、あの女の人は?」
優奈がハッと思い出したように聞く。慎也はサイドテーブルの上にあった新聞紙を取り、布団の上に置いた。
「「神隠し」
の中学生、2年ぶりの帰宅」
とある。髪を2つに結んだ女の子が高政由希子さん(当時14歳)と書かれた文字の上で笑っていた。
「由希子さんは、あの後ちゃんと発見されたよ。どうしてあそこにいたかはわからないけど・・。でも案外ホントに神隠しにあったのかもしれないな・・。」
慎也が静かにいった。優奈の頬をまた熱い涙が流れる。一度あふれ出た涙はしばらく留まるところを知らなかった。優奈はただただ泣き続けた。林の中で無惨な死を遂げた少女のこと、夢や希望を持ったまま冷たい土の下に沈んでいった友のことを思って・・。
後日、無事退院した優奈は慎也と一緒にあの集落の跡地に行った。花を傾け、手を合わせる。時季外れの冷たい風が今もなお土の下で眠り続ける人々の魂を慰めるように優しく吹き抜けていった。