二人の世界。
優奈は慎也を連れていく場所を小さい頃に、よく遊んだ山に決めた。
ここは家から少し遠いこと、道は一応舗装されてはいるが狭いことなどを理由に大人からは禁止されていた遊び場だったが中学生になった今はもう大丈夫だろう。
小さい頃、この山を登って向こう側に降りることは大冒険だった。
小さいとはいえ一つの山を越えた喜びについつい浸りすぎて、気付いた頃には周りが真っ暗だったなどということもよくあった。
山道を登っていくに連れ、だんだん緊張もほぐれていき、優奈の顔にも笑顔が戻る。歩きながら、慎也はいろんなことを教えてくれた。いつも一緒にいる友達のこと、団結力のあるクラスのこと、4つ上の姉のこと。慎也のことを1つ、また1つと知る度に優奈はどんどん嬉しくなる。今夜、千沙や菜月に何て報告しよう?そんなことを考えるだけで自然と顔がほころんできた。
小さい頃は
「大冒険」
だった山も、30分程で下りに差し掛かった。
幼い日の記憶を頼りに思い出せば山を降りた先には山に囲まれた小さな集落があったはずだ。
この集落に住んでいた小学校の同級生が毎日通うのが大変だとぼやいていた記憶がある。
ポシェットからハンカチを出し、額に滲んだ汗をそっと拭く。残りの道が直線の下り坂だけになると、遠くから祭り太鼓のような音が聞こえてきた。澄み切った青い空に響くにぎやかな声と太鼓の音。山を切り崩して作られた集落の入り口に小さな看板が立っていた。舗装されていない砂利道の上を浴衣や甚平を着た人たちが次々に歩いていく。
「この時期に夏祭りとか珍しいな。」
古ぼけた看板を見ながら慎也がいった。山の切り口と古い民家の間の道にズラッと出店が出ている。
「あたし、ここでこんなお祭りやってるの今日まで知らなかったですよ。」
優奈が驚いたようにいう。
「知らなかったって、ここ地元じゃん。」
慎也がハハッと苦笑しながらいった。
「まぁ、そうなんですけど・・。」
優奈がプクッと頬を膨らます。
「いいじゃん。行ってみようよ。」
慎也はそういうと優奈の手を取った。その瞬間、優奈の心臓がドキンドキンと高鳴り始める。
「そんなに緊張されたら手繋ぎにくいんだけど・・。」
少しぶっきらぼうないい方はいつもと変わらなかったものの、慎也は優奈の指の間にそっと指を絡ませた。初めて触れた慎也の手は想像以上に大きく暖かい。優奈が躊躇いがちに力をこめると、ぎゅっと握ってきた。