第8話
まだ過去編です。
このケルパ砦は、もともとケルパラ領の北方の砦の一つであったが、先のケルダスとの独立戦争の折り、放棄された砦であり、ニルガ傭兵団がケルダスとの傭兵契約の際、譲渡されたものだ。
もちろん、表向きは、このケルパ砦はケルダス領の国境警備の一つとされている。
砦とはいえ、門の内側に一歩足を踏み入れば、規模からいえば、小さな街に匹敵する様相を呈している。
この砦は実質、ダゴン山脈に囲まれた山裾にあり、時代と共に、戦略の上でも重きを置くような砦ではなくなり、砦兵も常駐するわけでなく、月に数度見回りがくる程度であり、流れ者や、戦禍を逃れた商人やらが、いつの間にか住み着きだしたのを、黙認されていた。
そうやって、少しずつ人が増え始め、内側へ内側へと切り開かれ、いつのまにか迷路のような街並みができていた。
傭兵団が、この砦を支配する際多少のイザコザが生じはしたが、その力の差を圧倒的に示し、反対に、その懐に入る者は守る姿勢も示した事で、ここで商いを営む者達を中心に、傭兵団はすぐさま支持された。
もちろん、ここでの商いというのは、みな非合法なものばかりで、この大陸中のまともでないものの商売の大半は、ここを中心に行われているというのも、暗黙の了解になりつつあった。
傭兵団は、それらのことに、殆ど無関心で、少しばかりの上納金で、かつてないほど、安全に商売ができるので、この砦にきて、一攫千金を狙う輩も集まりだして、かつてないほどの、賑わいをみせていた。
ただし、口には出さないが、そこはかとなく不文律があるのを、元からここに住む者は知っており、それは徹底され自分の身内にはしみこませていた。
また、久しぶりに傭兵団のトップの多くが、この砦に逗留していることもあって、大きな取引などは、今のうちだとばかりに、より活発に、したたかもの達は動きだし、人も物も、めまぐるしく砦に出入りしていた。
このケルパ砦にある二つの娼館は、酒場兼食堂もかねており、そのうちの一つ「常夜館」に、リーナはいた。
稼ぎ頭だという、レイナの綺麗な金髪は、お気に入りだし、ここにいるお姉さん達は、とても良い匂いがするし、優しくしてくれるしで文句はないのだが、いかんせん、何がおもしろいのかは、リーナにはわからない。
ケルパにくると、皆最初はここか、もう一つの「半夜楼」にいく。
どちらも同じ楼主だが、
「あいさつとか、しとかないとな。」とみな口々に同じ事をいって、帰ってこない。
リーナは、はじめ砦の奥の、ヒムズの丘にある館に、父と副長のルース達、それに、相棒のコウの群れと、しばらく過ごしていたのだけれど、群れが出産に備えて、ダゴンの奥深くへいってしまった為、つまらない、つまらないと、父にだだをこね、おいしいケーキが出る、ここ常夜館に連れてきてもらっていた。
最初の晩、リーナが父の膝に座り、食事の後のケーキを食べさせてもらっていると、父グレンが、リーナの耳に小さな声で、「さあ、リーナ、向こうにいるお姉さん達で誰が一番好きかな?」と聞いてきた。
「いい子だから、父さまにそっと教えておくれ。」とクスクス笑いながらいうので、こちらを何故かじっとみている大勢の女の人の中で、一番気に入った金色の髪の人がいいと答えた。
それを聞いたグレンは、何事か傍にいた男にいうと、リーナを抱いて三階の特別室に入った。
ほどなく、先ほどの金髪の女、レイナが部屋に入り父に頭を下げた。
父はそれには目もやらず、
「さあ、リーナお風呂に入って、髪を洗おうね。リーナの髪は、とても柔らかいから、すぐに綺麗にしてあげないと、朝にはからまって、動けなってしまうよ。」
そういって笑うのを、リーナは、
「そんなことないわ。動けなくなったことなんてないもの。ちょっとだけ、髪をとかす時痛いかもしれないけど・・・。」
と、口をとがらせて、いってみる。
それにはかまわず、父はクスクス笑いながら、リーナを風呂で温めて、しっかり夜着に着替えさせて、大きなベットにねかしつけた。
リーナの髪をやさしく撫で、子守唄を歌いながら、父がレイナを呼びつけると、なぜかレイナは父のそばにより、布団の中に入ってきた。
やがて、くぐもった濡れた音が小さく布団の下の方から聞こえてきたが、いつしかリーナは、安らかな眠りに落ちていった。