第4章 第20話
この章最後になります。
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「・・・で?」
たった一言だが、この場を震わせる言葉をニルガ傭兵団グレンが言った。
傭兵団幹部はもちろん、ハジムも、たった一言であるのに、まるで万力でおのれの体をギリギリと絞り上げられるような、まるで伝説の魔獣に出くわしたような、ひどい圧迫感を与える、ただその一言に戦慄した。
ハジムは生まれてはじめて恐怖、いや畏怖で自分の背中に汗が静かに滴り落ちるのを感じた。
しかし、その冷たい汗の感触で我にかえり、また、それをおくびに出さないよう、再び無表情で答えた。
「はい、もう一度とお望みであるのなら、何度でもお願いいたします。」
「お願い?」
そう言ってはじめて自分をみつめるグレン団長の更なるそれに、思わず必死に抑え込んでいるギルが飛び出そうとする。
それをまた、後ろで手を組むふりをして、思い切り自分の掌をその爪でえぐる。
その痛みで、誰にも悟られないよう、にこやかに答える。
「はい、お願いでございます。」
そう言って深々と頭を下げる。
そして頭の中で、グレンのすぐそばに特別に置かれた席に座るおのれの主に、あなたは黙っていてください、いや黙れ!頼むからと、心から必死に信じもしない何かに祈っていた。
だが・・・そのハジムの必死の祈りもむなしく、
「だから、我ら一行を、将来このニルガ傭兵団に受け入れてほしい、そう言ってるだけだ。簡単なことだが。」
「「・・・・。」」
それを聞いて、ハジムと、グレンは同じような動作を思わず無言でしていた。
グレンは座るジェイムスの傍にあっという間に目にもとまらぬ速さでいくと、その胸倉をつかみあげ、
ハジムは同じような速さでジェイムスをにらみつけ、その椅子を思いきり蹴飛ばし遠くまで飛ばした。
ハジムはグレン団長を見つめると、
「失礼ですが、何をなさっているかお聞きしたいのですが!あなたが首を絞めつけてるのは、ラージス帝国の帝王にございます。」
そのハジムの言葉に、グレンはハジムの振り上げたその足を目で指し示す。
「おやおや、ついあわててかけつけてしまいましたので、生来の粗忽ものでして、恐れ多くも主上の椅子につい、つまずいてしまいました。・・・で、・・・放して頂きましょうか!」
そう言ってグレン団長を先ほどその迫力に呑まれていた同じ男が、怒気もあらわにその手を放すため、肩からの触手も交えてグレンの手をつかみ上げようとした。
それを見て副長のルークがすかさずハジムに襲い掛かり、触手はそのままにルークの剣をかわす。
しかし、そのまわりを一斉に傭兵団幹部たちに取り込まれるのをみて、ジェイムスもまた片手から久方ぶりに触手を出し、いったんグレンの手から素早くはなれると、ハジムの周りを取り囲む男達をその触手で攻撃し薙ぎ払った。
一触即発のその緊張の増す空気を、何か一つでも動きがあれば、殺し合いに発展するだろう、その空気を、呑気な声が破った。
「わあ、何か楽しそうだねえ、もう仲良しなんだねえ、俺も混ぜてえ~」
そう言ってギランがその両手の指に、おびただしい小刀を持ち、今にも振りぬこうとするのを見て、大人しく様子を見守っていたシーガが大声をだして止めた。
「ま、待て、ギラン、おまえが持ってるのは何だ?刃に何塗った!その色普通じゃないぞ、何かやばい色してないか!」
それを聞いたナンがやはり傍観していた口だが、何せこの二人にはこんな室内の戦いは向いていない。
「わ、わわわっ!おめえ、その色は、あれを勝手に持ち出しやがったな!と、いうか、どうやって毒を抽出しやがった!ギラン!!」
と大声でわめくのに、皆いちように顔を見合わせ、毒気を抜かれたように、それぞれ大人しく席についた。
それをみて???の顔をして、
「え~、せっかく新しい暗器作ったのにい~、もうやめちゃうのお~。試させてよお。」
そう言って両手の指に20は挟み込んだ小刀をみて、次につまらなそうに皆を見た。
ルークが、
「で・・・ナン、あれは何を塗っている?」
そう静かに、先ほどの空気が嘘のように聞いてきた。
皆の注視の中、俺が、俺が悪いのか?と涙目になりつつ、
「この間掘り出し物の品と一緒に、珍しい妖草シュルを手にいれたんでさあ。シュルある所に妖獣はなし!って言われるくらいの強い毒を吐きだす、それの枯れたのをね。」
「誰も生きてるシュルはみたこたあねえんで、俺も眉唾もんで買ったんですがね、ちょうど、こいつが、俺んとこにきた時、ねず公どもが棚でバタバタ死んでやして・・・。」
「どうやらマジホンのシュルでもなきゃあ枯れてるのに、こんだけの殺傷力はねえだろうと・・・。」
それを聞いたルークは、穏やかに首をかしげて再び聞いた。
「それはわかった。だが、なぜあの馬鹿が持ってるあれとつながるんだ。」
またナンを静かに指を組んだままみつめる。
や、やべえ!副長マジ切れだ!無理もねえ、俺だってあのくそ主従には煮え湯なめさせられてんだ。
わ、わかるけど、なんで何で俺なんだあ!俺のどこが悪いんだあ、なんでギランに聞かねえんだ。
ルークさん、お願えだから、素直にギランに言ってやれよお!俺じゃあねえ!この空気・・・俺死ねる・・・。
ナンはなるべく静かに、少しでも波風がたたぬよう、それは祈りをこめて静か~に答えた。
「え~と、ですね。自慢したっつーか・・・。自慢しましたっ!」
ガバリとその椅子から立ち上がり床の上で土下座をした。
「す~ませんでしたっ!まさか、これを勝手に持ち出して、よもや毒を抽出するなんてこたあ、思いもしませんでしたっ!」
そう、ギランはこれでも暗器製造に関しては天才的で、それに関しては手間暇を惜しまない別人とまで言われる男だった。
あの悪名高い妖草を、皆の思いは一つになり、一歩間違えば自分たちは確実に死んでいたな・・・との、どこに向ければいいのかわからない思いに、全員気が抜けたような状態になった。
さすがはギランというか、やはりギランだ、皆もう遊ばないの?とニコニコこちらを期待に満ちた目でみつめるギランに、こいつはダメだ!と改めて思う全員だった。
さしもの迷惑主従もふてぶてしさを引っ込め、大人しく座って、こちらを見ていた。
この場の主導権を持つグレンは、これも運命って奴かと脳裏に殺し損ねた二人を思った。
リーナが生まれた時、声を出した時、歩いた時、初めて仕事に連れて行った時、走馬灯のように浮かぶそれらを大事に胸にしまい、運命など自分で手にするものだと思っていたが、どうやら理屈の通じない運命というのもあるのかもしれない、とそう自然と胸に落ちた。
やがて、これまでが嘘のように吹っ切れたようにグレンは笑い出した。
「いいだろう、お前達一行を受け入れよう。どうせお前らは1度や2度ではあきらめる気もなかったろうし・・・いろいろ仕掛けられても面倒だ。」
「おい、ナン、早く椅子に座れ。目障りだ。早速受け入れ条件に移るぞ。こいつらの国から搾れるだけ絞りとってやれ!」
そう言って早ければ数年後に自分の傭兵団にいるだろう帝国主従の二人をみやり、やれやれだと思うグレンだった。
小国王のジュールは即位もわずか、もともと陰にいた存在である故、その身を隠すのも簡単だった。
しかし連綿たる帝国の正統たるこの男を抜け出させるのは、あの腹黒と、うちの単純腹黒二人でも手に余るだろう。
ちらっとルークを見ると、わかってますよ!とばかりに、その目をどんよりさせて、ため息をつく。
それを見て、また笑い出すグレンに、めったにない笑い声がこうも続くなんて、と、改めてその笑い声で幹部たちを震えあがらせたグレンだった。
ハジムは、ギランの方をみて、今度遊びにきた時は、仕方ない、ギラン言うところの「ルーちゃん」で遊ばしてあげようと、こちらも、それを考えて、目をどんよりさせるのだった。
そして、おどけて笑うギランが実際、このまま更にリーナの嫌う面倒なことにしかならないのなら、本気で自分たちを皆殺しにする気があった事を、グレンとルーク、そしてこの主従は知っていた。
こうしてラージス帝国帝王ジェイムス三世とその側近ハジム、その子飼いの部隊百数十名の、ニルガ傭兵団入りが、ここで承認された。