第4章 第11話
あけましておめでとうございます。
ラージス主従の話になりました。
読んで下さりありがとうございます。
ジェイムスは、ラージス帝国からの病状を心配する声と、早々の帰国を懇願する書状に目を通すと、ハジムに渡した。
ハジムがそれを見もせず、破り捨てるのをみて、
「ほお、機嫌が悪そうだな。」
と顔を見る。
「陛下、陛下におかれましては、まず体調を万全に整えますよう。また、このたびの義肢は危険すぎます。あれは、あれをつけるのは私は反対いたします。」
そう言ってジェイムスをみる。
ハジムの言う義肢というのは、残った左のひじにつける義肢に、剣を仕込んだ最高のものを作らせたのだが、ただし、それを自由に扱うために、単生物のギルを装着剤がわりに使うというもので、その糸のような触手で残った腕と義肢をつなぐというものだった。
もちろん、その義肢も単細胞のギルも、恐ろしいほどの値段になったが、確かにそれに値いするものだった。
問題は、その単生物と共生することだった。
身体的にも精神的にも、それはきついもので、そのような義肢ではなくとも、他にもいくらでもある、そうハジムは反対する。
ジェイムスはじっとハジムをみて、
「お前は中途半端なそれで、私があの男と戦えると思うのか?」
と答えを促す。
ハジムは己の生涯でただ一人の主のその目をみて答えた。
「難しいでしょう。以前ならともかく、今の陛下の状態では、私が先に仕掛けたとしても・・・、難しい。」
そう答えた。
「ならば、どうせお前もよく俺を人間離れしていると良く言うではないか?本物の人外をちと自分で味わうのも一興ではないか?」
「リーナ嬢なら心配いらぬ。かの人は、首をすくめるくらいがせきの山であろうから。」
そう言って、彼女を思い出して、うっとりと目をつぶる。
ハジムは、確かにこの方なら、金にあかせて単生物のギルをおのが体につけたはいいが、それがなじむまでの痛みに耐えられず命を落としたり、やっと何とかなじむまでいっても、今度はその自分の異形ぶりに精神がやられて廃人になるなどの、数々の馬鹿な金持ち連中のようにはなるまい、とは信じている。
けれど、連綿と続くラージス帝国皇帝である陛下が、そこまですることに戸惑いがあったのは事実であった。
ハジムは幼い頃から仕えるジェイムスをもう一度しみじみ見た。
至高の紫をその身にまとい、誰よりも美しい男だと自他とも認める主人の姿を見る。
その主人の自分を見る姿をもう一度みて、考えた。
自分が元々死ぬまでおそばに、と思ったのはこの方であって、帝王の血筋ではないはずだ。
やれやれ、自分も今回のこの方の突拍子もない腕の切断に、頭のねじが少し吹っ飛んだようだ。
ジェイムスをにっこりとみて、確かにこの方の左手に共生するだろうギルの繊毛のような触手は、またこの方の美しさに、とても映えるに違いない、そう思った。
「陛下、お茶を飲むときは、その義肢を外して下さらないと。」
「陛下のギルにも私の自慢のお茶をお教えしたいですからね。」
「そういえば陛下、そうそう日頃の私の働きに対する褒美が欲しいのですが。」
「私も陛下同様、対のギルを、この身につけとうございます。」
ジェイムスは、ハジムのその言葉を聞いて、本気かと顔を見た。
そして、それが本気のものだとわかると、
「ふっ、まことの人外の主従になるか?」
といって笑った。
ハジムは、
「今さらです。」
「さて、繊毛の触手は、こちらの意思で動くのか、楽しみですね。愚か者をおどすのにちょうどいい。」
そう言って怪しい笑みを浮かべた。
ジェイムスは、
「お前につくギルが気の毒に思えるな。」
とあきれて答えたが、しっかりと目を合わせると、
「疾く全てを整えよ。それとラージスに使者を送り、院政を行うことを宣せよ!」
そう言うと、窓辺により、まだ中庭に姿をみせぬリーナを待った。
「御意」
ハジムは中庭を見やるジェイムスに答え、部屋を出ながら、何か大事なことを見落としているような気がしてしょうがなかった。
それがわかるのは、この後、この主従がギルを宿した事を知ったギランがまた乱入して「見せろ、見せろ」と騒ぐ事で、これだったかと思いいたるのだった。