第4章 第9話
くだんの陛下がぶっ倒れている間のリーナ達の様子です。
父はあまり私以外とはしゃべらない方だ。
幹部以外の団員などには、はるか雲の上の存在らしく畏怖と尊敬をその一身に集めている。
あの不思議生物ギランでさえ、父には逆らわない。
翼狼の群れも、父には野生ではありえないくらい従順だ。
コウの群れは、未だ妖獣の森にいる。
ルークいわく、あの翼狼の群れだけでも、戦力的には小国の軍団など蹴散らすほどだと言う。
今なぜ私がそんな事を考えているかというと、あの祝賀会での騒ぎの後、父グレンが私をまきこんで、絶賛引きこもり中だからだ。
本当に一切、この部屋から出ず、私を胸に抱き込んだまま決して離そうとしないまま、部屋に閉じこもっている。
全て揃うケルダス王宮の貴賓室の一つだから、この部屋で全て間に合うが、この私でさえ背筋が凍るほどの人外のオーラを不気味に醸し出しつつここに引きこもっている。
この部屋に入れるのは、私の足元で、この状況でもふんわかしてるペット3人と、副長のルークのみだ。
ルークは、皆にこの部屋には決して近づくな!と副長命令を出している。
部屋の外の廊下でさえ近づくなと。
なぜなら、ほら・・・。
父は私を椅子におろし、ゆったりと立ち上がると剣を片手に部屋を出た。
すぐさま部屋の外からは、びみゃあ~という声高な悲痛な鳴き声が聞こえてきた。
再び剣を携えて戻る父のそれには、血が滴っていて、その片手には大型のネコ科の尾猫をつかみ、そのまま廊下に放り投げるのが見えた。
どうやら今回この王宮に飼われている尾猫が被害に会ったようだが、はじめの頃はこの王宮に勤めるものが何人も被害に会った。
今や誰も暗黙の内に近づかなくなったはずが、どうやらこの尾猫が気の毒にもこの廊下を散歩としゃれこんだらしい、運が悪いことに。
しかし、さすがというか何というかネコ科の生き物が部屋の外を通るのまで気配でわかるのか?
私の足元に座るチルニー先生をみてやれば、彼も首を振り、自分にはわからなかったと伝えてきた。
どうでもよいが、なぜこの広い部屋で、しかも数多ある椅子にも座らず、この三人はいつも私の足元なのか・・・。
その絵柄を頭に描き、あまりの十五のうら若き乙女の私には、それが耐えられず、初めはギラン同様足で蹴飛ばしては少しでも私の足元から離そうとしたのだけれど、蹴られても蹴られてもギランの真似をして足元に引っ付いてくるので、とうにあきらめた。
十五にして、あきらめている事が多い気がするのは、私の気のせいなんかじゃないと思う。
父は部屋に戻ると剣の血糊を綺麗にふき取りまた私を抱き上げ、その膝に抱えた。
無言で。
この通り父は私とさえしゃべらなくなり、近寄るものは切り捨てる。
食事やこまごまな事をチルニー先生と共にしてくれるルークいわく、
「手負いのケモノ、ましてや人外の化け物の手負いはこうだという事ですよ。」
「そろそろグレン様もご覚悟が必要だという事がおわかりになったのでしょう。」
そう言って笑う。
はあ、ルークの言う父の覚悟って何だろう?それにしても今日も一日ここで過ごすのが決定ね、そう思って窓の方を見る。
そりゃあ、珍しく短気をおこした私も悪いかもしれないけど、何でこんなになってるんだろう?
もうここにこもってひと月になる。
さすが私もここにいるのは飽きてきた。
「ねえ、厭きた、厭きたわ。あなた達も厭きない?」
そう足元で、おのおの好きな事をしている三人に聞く。
ジュールは、
「僕は一日に一度は朝議に参加していますし、ここで本を読むのは静かで誰にも邪魔されませんし大好きです。」
と嬉しそうに答える。
チルニーは、
「どうやら私はグレン様とリーナ様のお世話をするのが、思ったより性にあっているみたいですね。とても生きがいを感じているところです。」
「ぜひともこの素晴らしい時が続くよう祈っています。」
とうっとりと答える。
その嬉しさあふれるチルニー先生の答えに、父の私を抱く手に力が入るのを感じて、先生に聞いた私が馬鹿だったと思った。
ギランは・・・、うん無視しよう、そう思って後ろの父に腕を緩めるよう、その手に手を重ねたが、ギランはかまわず話し出した。
「ここでず~っと一緒なのはとってもとっても嬉しいけどさあ、寝るのも一緒の部屋だしさ~最高だけどさあ。でもさ、俺もリーナと同じベッドに寝たいんだけど~。」
「ね、ね、ボス~足元ならいい?俺上手にベッドの足元に丸くなって寝れるよ。絶対上手だよ。いいでしょ、ね、ね~。」
そう言って父におねだりする。
昔も今も私以外に父におねだりできるのは、このギランだけだ。
本当にこれだけは不思議で理由がわからない。
ほら父がギランをみる気配がする、ちゃんと父は反応を返す、私以外に唯一の。
これでこの二人にはわかるらしい。
「ちぇ、ボスのけ~ち、けちけち!上手に寝れるよ~、ほんとだよ、リーナを蹴飛ばしたりしないって、信じてよお~。」
ギランが唇をつきだして、上目づかいで父に文句を言う、どうやら蹴飛ばすからダメと断られたらしい。
ギラン、なぜ口も聞かぬ父からの答えが具体的にわかるのか、ぜひとも私に教えてほしい。
父が何を考えこれほど怒り落ち込んでいるのか、私は本当に知りたいのだから。
他の者なら、たとえルークでさえ今の超絶機嫌の悪い父に、この段階で殺されているだろうに、父は反対にギランを見てふっと笑った気配がした。
私はおっと思い父を振り返る。
すると父は私の頭をかかえ、何事か小さくつぶやいたようだが、それは耳も押えられたせいで何を言ってるのか聞こえなかった。
次に、ひと月ぶりに開いた父の声は、
「リーナ、つまらないのかい?では父さまと散歩にいこうか?」
そう言って優しく優しく私をもう一度抱きしめると、立ち上がりそのまま腕に掲げて歩き出す。
私は父さまに、
「もう子供じゃないわ、一人で歩ける。」
そう言った。
すると父は暗い昏い目をして私を見ると
「知ってる。」
そう低く底知れぬ何かを宿した声で答えた。
そして再び歩きだし
「知っている・・・。」
そうもういちど言って私を抱いて歩き出した。