第4章 第8話
章管理が理解できました、やっと。
それでは続き更新です。
ギランは、素早いナイフさばきで、驚くほど器用に、次々と果物を向いては、いろいろな形に切っていった。
「どお、これ、うちの翼狼に似てるでしょ。」
そう言って自慢げに、ベッドにいる男にみせてやる。
にこにこするギランに、傍に控えるハジムが、また、何度目かの退室をやんわりと促す。
「ギラン殿のお気遣いかたじけのうございますが、我が主、ジェイムス陛下におかれましては、何ぶん食事をお取りあそばしたばかり。残念ながらせっかくのご好意もお召し上がりにはなれないかと。」
「このように、ご親切いただきまして、さぞ果物を献上した方々も、さぞ喜ぶに違いありません。」
そう、さぞと二回強調して言った。
その目は、主人が口にするものは、きちんと吟味している、目の前で果物を向かれて、しかも、犬だのうさぎだの、しまいには翼狼の羽まで繊細に彫り上げたりんごであろうと、誰が食べるか!この馬鹿と言っていた。
まして、それらは自分でもってきたものでもなく、部屋の小机に積み上げられた見舞いの品々だ。
それを勝手に次から次へと・・・。
ギランはそんなハジムの言葉など気にせず、
「ねえ、おーさま、おーさま!俺ってばさ、この間の夜会で初めておーさまを知ったんだけどさあ、あんたって面白いねえ、俺気に入っちゃったよ。ほんと、まじで!」
そう言って細身のナイフを取り出した。
瞬時に緊張が走り気色ばる護衛が腰に手をやるが、それをジェイムスが目で止めた。
本当に、やっと今日ベッドから起き上がり、こうしてクッションを背に座るまでになったが、一度はその失血により、命をも危ぶまれ、ここまでくるのにひと月半かかった。
未だにふらつく体と、痛む腕に睡眠も初め薬なしでは駄目だった。
ハジムの泣く姿を、ところどころ夢うつつに見た気がするが、自分のたった一人の盟友を泣かせたとしても、自分はあの場面では、何度も同じ事を繰り返すだろう。
あの時、あのリーナ嬢は、この自分を確かに切り捨てていた。
まるでそのような存在など初めからいなかったというように。
彼女にひとくくりのラージスの人間として、切り捨てられたくなかった。
自分はここにいる、と彼女に認識してほしかった。
あれほどこれが絶望というものかと身のうちに感じたことなどなかった。
今でも、夢に出てくるほどだ。
やっと起きだした今日の午後、このニルガ傭兵団の幹部である男が突然先触れもなくやってきた。
扉にいた護衛などものとはせず斃し、「やっほー」と入ってきて、見舞いだとわらう。
やっと起きれるようになったという今日、どこからすぐに情報が漏れたのかは気になるが、それはハジムがすぐに動くだろう。
この帝王たる私の部屋に許可なく乱入したあげく、この言葉の数々。
本当にふざけた男だが、この男は確かいつもリーナの傍にいる血風のギランという男だ。
噂によれば目の前に人がいれば殺し、目の前に人がいなければ追いかけても殺すとか言うリーナ命の殺人狂だ。
本当に興味ないものは目に入らないのだろう、ハジムや護衛など完全にこの男の中にはないようだ。
その細身のナイフで自分が切った果物をつきさし、私の口元に向けた。
「おーさま、これワンコ、リーナのペットの一つなんだよ。」
そう言って私に突き刺したナイフごと食せと差し出す。
「ほお、リーナ嬢のペットとか?・・・いただこう。」
そう答えると、更にぬっと突き出す。
さすがの私も苦笑したが、この男のこれが通過儀礼というなら受けてたとう。
顔を近づけ刺さるナイフの脇から直接口をつけ、歯を立てた。
思わず低く笑ってしまった。
帝王たる私に平気で刃を向け、なおかつこのまま食させるか・・・、おもしろい!
「んで、これが、おーさまもお気に入りかもの、うさちゃんのね~。」
続けて兎の形をしたそれを、同じように差し出す。
それに口を寄せてまた歯を立てると、ギランが驚いたことに、自分もまた私に顔を寄せてきた。
何事かと思えば、反対側に口をつけ一口かじってきた。
私が表面上は驚きをみせずに今にも私に触れそうなこの男の目をみつめると、私の果物で濡れる口元を、じっとみつめ、その舌でぺろっと拭い笑って言った。
「おいしい?」
それをみてさすがに我慢していたハジムがすぐさま剣をぬきギランに振りかぶるのが見えた。
とっさに私は後ろのクッションに下がったが、急に動いたせいで、めまいをおこして一瞬目の前が暗くなった。。
ギランはハジムの剣を、その果物の残る小さなナイフで幾度も流し、やがてギランの表情が変わり、その懐に手をやるのをみて、まずい、と直感しジェイムスは声をかけた。
「ハジム!」と。
その瞬間すぐさま剣をおさめたハジムを見て、これで一安心かと思ったが、ギランという男はそれを見てもそのままハジムに攻撃をしかける。
一度剣をおさめたハジムに攻撃をするとは、と驚きそして納得する。
さきほどまでの、へにゃっとした男はそこにはおらず、一人の2つ名を持つ男がいた。
剣をおさめたハジムが、すぐさまそれに反応するが、この一瞬の差が明暗をわけるのが私にはわかった。
すぐそばにいた控えの兵士の剣を抜き去り、私はギランに向けて放った。
しかしそれは綺麗にはじかれ、見えてなどいないはずなのに、その持ち主の控えの兵士の肩に綺麗にささった。
その兵士の苦悶の声を流し、喜色を浮かべハジムに向かう男にもう一度足止めをすべくベットから飛びおりたが、めまいと腕の痛みに立ち上がれず座り込んでしまった。
「ハジム!」
ハジムがやられるのを見たくなく、目を閉じた。
しかし、ハジムに一直線に向かっていたギランはこちらを振り返るなり、突然立ち止まると自分の傍によってきた。
身を守るものを咄嗟に探したがあいにく剣はない。
自分を守ろうとあわててハジムもこちらに向かってくる。
この体調でなかったら、返り討ちにしてやるものを、と唇をかみしめた。
ところが、その緊張を破ってギランは嬉しそうな声を発した。
「ねえねえ、おーさま、それ痛い?やっぱ痛いの?」
そう目をきらきらさせて、自分に合わせて座り込んでこちらをみつめる。
「すっげーよね、俺だって自分を切るなんてまだやった事ないよ~。」
凄い凄いと連発する男から、物騒なものが消えたのを確認して、先ほどからの騒ぎを思い、さすがの自分もため息をついた。
「あ、ああ・・。」
さすがの私もあっけにとられて、しだらもどろにギランに答える。
「おーさま~、ダメじゃん、まだ起きちゃあ、まじ調子悪そうじゃん。」
そう言って眉をしかめ、そのたれ目がちの目をへにゃっと下げた。
お前が言うか・・・、またため息をつきたくなっていると、ハジムこちらに来る。
何やら茫然としている、おのが主を抱え込み、ハジムでさえ、このように茫然とする主人をはじめてみたが、丁寧にそっとベッドに降ろすと、ギランを視線で殺せるなら、この瞬間数度死んだであろう険しいそれでにらみつけた。
「ええ、確かに陛下におかれましては、体調はすぐれませんとはいえ、私どもも驚く脅威の回復ぶりでございました。・・・ええ、確かに今日までは!!」
「そ・れ・を・あなたはっ!」
ふふふと笑うと、不気味に目を据わらせギランを再度にらみつけると、
「てめえ、動くんじゃねえ!たたっきってやる!」
そう言って目にもとまらぬ速さで剣を次々に繰り出し、ひらりひらりとそれを受け止めてはかわすギランに、剣がダメなら、ついでとばかり足まであげる。
この二人が広いとはいえ、部屋の中で暴れだしたので、この部屋の物品も控えの兵までも、そのとばっちりを受けて傷ついていく。
どうやらギランは全然やる気がなくなったらしく、面倒だなあ、という雰囲気を隠しもせず、
「あんんたさあ、けが人の看護の人なんでしょ、少しは静かにしたらあ。」
と呆れたように剣を流しながら言った。
それを聞いたハジムが、眉をあげ、この際奴に当たれば何でもいいとばかりに、そこかしこにある見舞いの品をギランに投げつけ出した。
「動くんじゃねえっていってんだろう!」
そう叫ぶハジムに、大きな笑い声が聞こえてきた。
何事かと勢いをそがれて、見てみれば、おのが主人が苦しそうに涙まで流して笑っていた。
しかしそれさえきついのか、少し辛い様子にあわてて傍にいき、背中をさする。
それをジェイムスは大丈夫だとハジムに言い、
「ハジム、お前の地の言葉を聞くのは、子供の頃以来だなあ。」
とまた笑う。
なんだかわからないが、楽しそうならいいか、とギランもそれを見てにこにこする。
そんなギランの様子に怒るのも馬鹿らしいと感じて、
「はあ、もういいです・・・。」
そう肩を落としながら、ジェイムスをベッドに横たえた。
「陛下におかれましては、まだまだ本調子ではございません。御身大切になさいませ。」
とハジムが真摯な言葉を告げる。
ジェイムスは何も言わぬが納得したものと取り、ギランに向かって言う。
「私は看護人ではなく、陛下の側近を務めさせていただいているハジムと申します。」
「あなたさまには2度と陛下へのご無礼はつつしんでいただきたい!」
とギランをみるが、ギランは扉に向かって歩きだしていて聞いてる風ではない。
案の定、くるりと振り向くと、
「また、遊びに来るねえ~、おーさま、その看護の人クビにしたほーがいいよ。こんなに散らかしてさあ、俺そーじって大嫌い!かえろっと。じゃあまたねえ~。」
と突然去っていった。
部屋の惨状を見回した主従は、
「また来るとか言ったか?」
「また来ると言いましたね。」
二人顔を見合わせて、頷きあい、
「部屋を移りたいのだが。」
とジェイムスが言えば
「急ぎ移りましょう。」
とハジムが答えた。