第4章 第4話
ハジムは、不気味なほど機嫌がよい、己の主に、ラージスへの帰途、問いかけた。
「で、リーナ嬢を離す気はない、と認識しておりましたが、まあ、流れ的にはこちらに有利に運びましたからいいんですけどね。」
「その不気味な機嫌よさは、私の母を共に殺した、あの時を超えてますよ。」
そう言ってハジムはジェイムスを、きつく冷たく見すえた。
「おいおい、ハジムお前猫かぶりの尻尾どころか、牙まで出てるぞ。早く化けなおせ。」
あきれたように、そう言う主に
「さっさと白状なさい。何をたくらんでるんです。大体あの食事会で本当に気を抜いていたのは、うちのものばかりで、あちらさんは、いつでもやるとなればやれるよう、うまくバランスをとって騒いでいたのはご承知でしょう?。」
「あなたといえば、あの場の危険な綱渡りを知っているくせに、気にもせず威嚇しあって・・・。私はあのナンという参謀と会話という爆弾を投げ合いつつ、事がはじまったら、どうあなたを連れて脱出するか考えて・・・。はあ、もういいです。」
「事をおこす時には、必ず私をお連れください。もう、あきらめました。」
そうぼやく私に陛下は、面白そうな目を向け
「考えておこう。」とニヤリと笑った。
「陛下、リーナ嬢に溺れてからのあなたの笑い顔は、性格通りのものになってますよ。あなたこそ、いつものうさんくさい優雅な笑みを、その顔にはりつけますよう進言いたします。」
ハジムは慎ましやかで穏やかな忠臣の笑みをジェイムスに向け、ジェイムスは気品あふれる典雅な笑みをその顔に浮かべて、お互い目をかわし笑みを向け合った。
「ハジム、茶を。」
「かしこまりました。」
そうして、主従は馬車の中で優雅な茶の時間を楽しんだ。
グレンは、出立するラージス帝国皇帝ジェイムスをみた。
ジェイムスもその目に不敵なものを乗せてグレンをみた。
「グレン様、よろしかったのですか?」
そう言ってルークが目で射殺されるならば、というような視線を外に向け、グレンになおって声をかけるも、それを無視して、きびすをかえした。
「会議の準備を。」
と一言だけ声をかけて、ケルダス王城の自室にあてられた部屋へと戻った。
自室にはリーナが本を読んでいた。
「あれが出立した。」
と言うと、リーナはこちらに顔をむけただけで、またすぐ本を読みだした。
リーナの傍により、リーナを抱き上げて椅子に座ると、リーナは膝の上でごそごそと動き、一番良い体勢に落ち着くと、また本を読みだした。
もう15だというのに、自分のそれにすっぽりうまる愛しい娘の、絹のような黒髪に顔をうずめ、その匂いを思いきりかいだ。
この子が連れ去られたと聞いた時、確かに自分は狂った。
もう2度と、奪われはしない!そう、3度目などない!
もし、それがあると、町の占いのおばばが、眉唾もののおばばが託宣したとしても、その可能性があるのなら、その疑いだけで何万の人間でも殺しつくしてみせる!
私から愛しいリーナを奪おうとするものは、全てだ、全て殺しつくしてやる!
それにしてもあの男・・・あれは生まれる時代を間違えた。
そう、あれは自分と同じ簡単にはいかない男だ。
あれは自分と同類だ。
溢れるものを無理に抑えて生きている。
初めて遭遇する厄介な男を考えて、あれもまた自分をつぶしにくるだろう、そう確信する。
だが・・・獰猛な笑みを浮かべて、その絶対零度の視線を今は遠い男に向け、面白いと感じている自分がいた。
その顔は、今部屋に入るものがいたなら、動けなくなるような凄惨なものだったが、腕に抱く愛しい娘の髪を肩によけ、その首筋にキスをふらすグレンの声はとても甘い蕩けるようなものだった。
「リーナ、リーナ、ほらペットばかり構わないで、もっと父さまに甘えておくれ。お前の賢いペットとはいえ、時々殺そうか悩んでしまうよ。ん、何か欲しいものはないのかい?ほら、本などやめて父さまと遊ぼう。」
そう言ってくるりとリーナをこちらに向くよう抱き直し、その顔を両手であげて、そのままそっと頬をはさみ、愛しい娘の額に、目に鼻に、頬に、最後に唇にキスを何度もおとして、会議の始まる時間まで、愛しい娘に愛をささやき続けた。