第4章 第3話
今回、ラージス帝国側とケルダス、実質的にはニルガ傭兵団との停戦と和睦がここに締結し、ラージス帝国がこのたびのニルガ傭兵団への支払を負担すると取り決められた。
また、前ケルダス王家のジュール王子をラージス帝国は正統な王家の後継として認知し、レジスタンス側の要求を受け入れた。
これによりラージス帝国に対し、このたびの戦いでの慰謝料ともいうべき金額を一切ケルダス王国は要求しないという約定がかわされ、ここに1年半に及ぶ戦いは終結した。
そして現在、リーナを乗せた馬車は、ニルガ傭兵団とともにケルダスの王都ステフに向かっていた。
傭兵団とともにラージス帝国軍も共に向かっており、このたびの和睦をアピールしていた。
ただしケルダス側の反ラージスの気運はまだまだくすぶり続けていた。
王都に入ると、そのまま王城をのぞむ広場に民衆を集め、新たな君主になるジュール王子とラージス帝国帝王ジェイムス三世のお披露目を、その勢いのままラージス軍、ニルガ傭兵団の警護する中、行った。
隙間なくつめかけた民衆を前に、ジュールは初めての言葉を告げた。
「私は、ケルダス王家の者として、皆に感謝を伝えたい。決してあきらめず、この国を支えてくれてありがとう。」
まだ十代のジュール王子の、その素直な感謝に、民衆は熱狂し歓喜の声をあげた。
今までにない新しい王家のありようを具現化したような、また、ともに戦った思いもあり、ジュールの一言、一言に熱狂は深まるばかりだ。
そんな中ジュールは言った。
「だが、ここで私はあきらかにしようと思うことがある。我が姉マドリーン姫と一部の心無いレジスタンスの者たちが、謀った謀略についてだ。」
「彼らは、ここにおられるジェイムス三世陛下に、ケルダス王家にラージス帝国への反逆の恐れありと、数々の証拠を揃え訴え出た。」
そこからは、私が言おう。
そう言って、ジェイムス三世が進み出た。
「私には、皆も知ってる通り、このケルダス王家から嫁いできた側妃ジャスミン姫がいた。そして、これも皆承知だと思うが、我が側妃ジャスミンは一昨年ヤーナの御許に召された。これは一部のものしか知らぬことだが、その腹には、私の最初の子がいた。」
そう言い、うつむく皇帝に、民衆ははじめ憎々しげにみていたものを、戸惑いはじめた。
次に皇帝が手にしたリボンをみて、民衆はそれが嘘でないことを知った。
そのリボンは中央神殿に安産を祈るために、その家ごとに違うリボンを収め、無事出産したら、あらためて感謝の品を、そのおさめたリボンと交換で送るというケルダス独自の風習で、そのリボンがケルダス王家のものであり、それがジャスミン姫のおさめたものだと理解したからだった。
「ジャスミンは発表された病死ではなく、実際は私をかばって凶刃に倒れた。私は愛しい者を腹の子ごと奪われた衝撃で、これも皆も承知の通りここケルダスに侵攻する直前まで後宮にて喪に服していた。」
「そんな私にケルダス王家の一員である二の姫と、証人と名乗るものからの直訴だ。私は愛しい妃と生まれるはずだった子の為、怒りのまま兵をあげ、それが自ら女王になるという野心の謀略だとわかった今、どうあなた方ケルダス国民にいえばいいのか・・・。」
「ケルダスの復興は、我がラージス帝国の名の元きちんと行わせてもらおう。もし生まれてきたならば、私の子はこのケルダスの血を持っていたはずだった・・・。」
そううつむく皇帝に、ジュール皇子はそばに寄り
「いいえ、このたびの責任は、我が姉にあります。私はその責任を持って、実体ある王冠は辞退し、この国を取り戻した民たちに、この国の未来を托したいと思います。」
「私は政治には参加せず、象徴としてこの国にありたいと思います。どうぞ、この国が軌道にまた乗るまで、お力をお貸しください。」
二人が手を取り合うのをみて、再度民衆は熱狂し、万歳万歳と両国をたたえ、顔見世は成功のうちに終わった。
王宮で主だったものが集まり無礼講の食事会になったが、とんだ茶番に皆腹をかかえて、それぞれのセリフを真似しては笑っていた。
お互い都合の悪いことは全て第二王女と、ペットたちの八つ当たりで殺されたレジスタンスの幹部たちにかぶってもらった。
グレンは、食事会のそんな雰囲気をものとはせず、腕に抱いたリーナに、皇帝ジェイムスが話しかけてくるのに、眉間にしわをよせて半眼でにらみつけていたし、ジェイムスはそんなグレンに取り合わなかった。
そして、ギランは「食べさせて~」と口をあけたまま足元に座り、無視されてるにもかかわらず、嬉しそうに頑張って口を開け続けていた。
リーナの傍にいたジュールが、リーナに果物をとるのに、ハジムのそばに手を伸ばそうとするのをみて、ハジムは幾つか皿に取ってやり、
「うまく王様業から綺麗に逃げましたね。あれは予想外でしたよ。ジュール皇子。」
とジュールに声をかけてきたので、
「ええ、最初からあんな面倒なものするつもりはありませんでしたから。こんな最高な居場所誰かに渡すほど僕は馬鹿じゃありませんし、ぼけてもいません。」
と答えた。
それを聞いたナンが、ジュールの髪をかきまぜながら、
「その割にゃ、しっかり取り分だけ主張し確保しやがって、えげつないぜえ。」
といえば、しらっと、
「ええ、飼い主に贅沢させてこそ、いいペットだと思いますから。」
そうにっこり笑ってギランの方をみた。
ギランが床に座ったまま、
「ええ~、なにそれえ~、何その自慢!!よし、俺頑張って稼いでくるよ!俺がうさぎちゃんに負けるわけないじゃん。ない、ない。」
そう頬を膨らませていうと、チルニーが、
「簡単ですよ。あなたが、今まで通りそこらで悪さをしてきたらいいんですよ。」
「畏れ多くも皇帝陛下がおられますので、私からも頼んで素晴らしい賞金をその首にかけていただけば
万事オッケイです。」
「ああ、安心なさってください。私がきちんと首をかって差し上げ、その賞金をリーナ様に使わせていただきます。これで何の問題もなく、無事解決です。」
どうです、という顔をしてギランをみるので、
「それって俺関係ないじゃん、というか俺その段階で生きてないじゃん。だめじゃん。」
と騒ぎはじめ、場の馬鹿話はますます盛り上がっていった。
けれど相変わらずジェイムスとグレンの二人だけは会話もなく、ひどく寒々した雰囲気になっており、知ってか知らずかリーナはルークにアイスを食べさせてもらいながら、それぞれ二人が話しかけてくれば律儀に、そんな雰囲気は知りません的ににこやかに答えていた。
長年、確執があり争っていた両陣営は、なし崩しのうちに、トップの二人のブリザードぶりは除いても、おおらかに酒を酌み交わしながら、落ち所をみつけていった。
ハジムとナンもお互い酒を酌み交わし、ナンが、
「喪に服してたんですね。」と言えば、ハジムが、
「喪に服してたんです。」とにこやかに答え、こんな感じでこれはこれで、怖がる周囲の人間が逃げ出した後も、二人延々と黒い会話を続けていた。
ハジム公爵の別邸にいたマドリーン姫は、押し寄せる群衆の波をみていた。
バール子爵ともども、もはやこの群衆の中を逃げる事は困難だった。
皆が泣き騒ぐ中、どこか遠い出来事のように感じていたが、別邸から引きずり出されたとき、初めて恐怖を感じた。
なぜなら、傷だらけの自分の目の前でバール子爵が、怒りの群衆の手で名誉ある貴族の名誉ある死ではなく、文字通り素手で引き裂かれる無残な殺され方をしたのを見て、初めて現実が押し寄せてきた。
私は何もしてない!せめて国民である民には、一言そう言いたかったのに、声を出す間もなく、民衆の呪詛の声に呑まれ、その大勢の手にあっという間に躍りかかられた。
ケルダス王家の第二王女マデリーンは、十九の生涯を終えたが、面々と続くその系譜からも削除され、存在そのものがなかつたものとして扱われた。