第3章 第13話
中途半端でしたので、話しをたしちゃいました。
これで本当に3章終わりです。
リーナは傍らの相棒を抱き寄せ、その強靭な力を秘めた体を抱きしめ、その綺麗な琥珀色の目をみつめていった。
「私を守ってね。」
そう言ってもう一度抱きしめると、オルロンからは大分離れた今はすたれた王都へ向かう旧道に、コウを連れて一人向かった。
あの、かがり火は数度合図を送ってきた。
それほどの余裕は、想定していない敵の面前では異質だった。
いくら優秀なうちの兵とはいえ、10数名では早すぎる。
罠の可能性を考え、旧道に向かう。
この旧道は妖獣の森からでしか入れない。
勿論、はるか昔は他に幾つかのルートはあったが、いまは崩れて使えない。
昨日丁寧に綺麗な小川で洗った服は、少しはましになったものの、ところどころの汚れは落ちなかった。
行き当たりばったりに通る道ともつかぬそれを歩み一夜をすぎると、覆いかぶさるような木々がまばらになり、明るい陽射しも空から見えるようになり、もうすぐ旧道からの出口になる。
ここからはもう妖獣などの危険もない、反対に翼狼がいては目立つ。
リーナはコウに森に戻るよう指示し、大人しく戻るコウを見送った。
コウが去るのを確認し、さてこれからどう動くか考えながら、一人旅の奇異さをどう目立たなくさせるか、服のえりの裏に縫い付けてある金貨の感触を一度手でさわりながら確認し歩いた。
何事か万が一を考え、リーナや傭兵の皆はこうしてどこかに、通貨を隠す。
リーナの両襟の金貨などは常識の範囲外のものだが、初めて役立てる時がきた。
一刻も早く商人ギルドのある町までいかなくては。
まずそこですべての用意を整え、それからだ。
旧道から新しい道へでるため、高い岩から下におりるべく岩に手をかけ座り込んだとき、すっと出される手があった。
その豪奢な指輪の幾つもはめられた手を一度見つめ、そして顔を上げた。
今まで人の気配を感じなかったそこには、にこやかに笑う、これまた豪奢な装いの30くらいの男がリーナに手を差し出していた。
リーナが、その手を取り高い岩から降りるのを、抱き上げて助けた男は言った。
「お初にお目にかかります。リーナ・ウェンデル嬢。」
「私はラージス帝国帝王ゼルジェン・ド・ジェイムス。どうぞジェイムスと。」
そう言って私を抱えて歩き出した。
「降ろしていただけますか?」
そう私は頼んだ、誰が好き好んで、この男に抱かれねばならない。
それに返事はなく、はあ、この人・・・どこか父さまと同じ匂いがする、そう思った。
冗談じゃない!
その歩む先を見れば1小隊ほどの軍勢と、一人灰色の髪をした男が私達を待っていた。
それを見て
「よくおわかりになりましたね。」
と聞けば、
「かがり火に反応がない時点で、うちのひねくれ者が旧道からの出口を思い出しまして。」
「隠された情報が、何より好きな男でしてね。困ったものですよ。」
と私を覗き込みながら言う。
「あら、素敵な趣味ですわ。気が合いそうです。」
私もその顔を初めてしっかり目に入れながら話した。
「それでは、後程ごゆるりとされてから、お茶でもご一緒に。茶を入れる腕前だけは、私も認めているのですよ。」
そう笑う、その深淵の暗さで。
「それは、どういう意味かしら?」
「もちろん、賓客として、ですが。」
そう、客ね・・・。
「まずお風呂と食事が先にして下さらない。ああ、それとドレスは淡いもので、濃い色は嫌いなの。」
「それと・・・私の前に旧ケルダスの第3王女の姿を見せないで。」
そう初めてきつくにらむと、帝国の皇は私を抱き直し、
「ああ、そういえばそれらしき者が保護を求めてきたと、あなたと気が合いそうな男が言っていたような気がします。」
「お茶の時間にでも確認いたしましょう。」
と私を見る。
その目にやはり父と同じようなこごった、そのくせ底知れぬ熱さを持つそれを見て、父と同じ似たような男なんて最悪すぎると、本当にこれだけはぞっとすると、父みたいな人外は父一人でたくさんだと思い、小さく体が震えた。
ラージス帝国帝王ジェイムス三世は、腕の中で震えた小さな娘をみた。
美しい側妃を大勢持ち、女の美醜にも関心がなく、そう、利用できるかできないか、それが女の価値であり、使えなければ今まで退場させていたし、これからもそれを疑わなかった自分が、あの岩場に座り込み、こちらを見た娘をみた時、まだ子供でしかない娘を捕えた時、どう利用するかと考えながら、初めてその顔をみた時に、それはおこった。
一瞬驚きに見開かれたその濃い紫の目に、すぐに感情を隠したその目に見惚れていた。
自分はこんな深い深い目を知らない。
これはたくさんの物を知っている目だ、人の生き死にを見てきた目だ。
感情を隠せば隠すほど濃く黒くさえ見えるその美しい瞳に、そのまま引き込まれたいと望む自分を、初めて他者に持つその感情に頭はまっ白になった。
それもこんな子供に対して・・・。
この一瞬であふれる甘美な感情に溺れきりたい自分と、その無様さに憤りを感じる自分がいる。
腕で身じろぐ子供が、まるで自分から逃げようとしているように感じて、しっかりと抱え直し、こちらを不審そうにみやるハジムに、知られれば絶対、腹を抱えて笑われると確信し、思わずハジムをにらみつけた。
用意されていた馬車に乗り込み、リーナはできるだけ外を眺めていた。
驚いたことに、ジェイムス三世とその側近、私が気が合いそうだと皮肉ったハジムという貴族も共に同じ馬車に乗る。
この二人は何故か父とギランを思わせて、ため息がでそうになる。
さて、ラージス国内のどこに監禁されるのか、どうやって一人で動いていくか、次から次へと頭では物を考えながら、まったくついてないと思うリーナだった。
今、目の前にいる男が、我らが宿敵。
父と同じ人外臭のする男が、こちらをひたすら見ていて何やら話しかけるが、適当にあしらって答えていた。
正式に傭兵団に入団するはずの15の年の青の季節は、何故かこの敵のさなかで過ぎそうだ。
この皇は、私を捕え、あの王女を持ち、カードを揃えた。
父に対してどういう勝負に出るにしろ、自分が足枷になる事を思い、ひどくうろたえた。
やっと今、現状を冷静に考え、途方に暮れるリーナだった。
そして、生まれた時から傍に仕える自分でさえ、初めて見る皇の熱に、あのグレンの娘である事を思い、ここでも途方にくれるハジムがいた。
頭ではわかっていても、自分より一回り以上年下のまだこんな子供に、まさか、生まれて初めての溺れるほどの感情を持ってしまった自分に、やはり途方に暮れるジェイムス三世がいた。
三人三様途方にくれたまま、馬車は何事もなく王宮へと進んでいった。
次回から4章に入ります。