第3章 第11話
あと1話で本当に3章おわります。
リーナは一人自室の椅子に座り、あくびをかみ殺していた。
それをみてジュールも同じように、リーナの足元に寝転がりながら、あくびをした。
それを二人で目を合わせ、クスクスと笑い、リーナが、
「つまらない。」とふてくされるのを、ジュールが、目で笑い
「しょうがないよ。その足じゃあ。僕も君がオイタをして歩き回らないよう、グレン様に直々頼まれてるんだ。」
「僕だって一緒に行きたかったんだからね。おあいこだよ。」
そう言って笑った。
リーナは、この間裏の森にいる翼狼のコウと遊んだ帰り、岩の隙間に靴が挟み込み足をひねって、動けなくなり、父たちを心配させた。
うん・・・あれは凄かった、あんなに大騒ぎになるなんて。
父の迎えにきてくれたあんなに真っ青の顔も、大勢で私にかけよるあの様子も、何事かと私の方が驚いた。
バンナ村にいた時など、しょっちゅう怪我していたのに。
だって探検は子供のロマンだもの・・・あの村の日々を思い出しそうになり、空を見上げてそれを止めた。
ジルスの何も言わないでという嘆願の眼差しに、私もこのくらいの怪我での大騒ぎする過保護な父たちには、あの頃の話はできないな、と悟った。
そう、あの日々は私だけの中にあればいい。
誰にも、誰にも分け与えたりなんかしない、誰にも!
リーナは、にっこり笑うとジュールに向かって、
「なら、私を退屈させないで。」
と足を投げ出し、ジュールは寝ころんだ体勢から立ち上がり、
「仰せのままに。」
と笑って礼をして、その足に口づけた。
ケルダス国内が、ナンいわく、ちょうどいい熟れた状態で食べごろですよ、というので、レジスタンス側の再三再四に渡る挙兵の願いに、前王家のジュール皇子を旗印に、彼に雇われるという形でニルガ傭兵団は正式にレジスタンス側として参戦した。
勿論ラージス帝国としても、それに応戦。
ラージス帝国とニルガ傭兵団の戦いは、ラージス帝国と侵攻されたケルダス王国との戦いへと姿を変えた。
他の主だった国、ラージス皇帝ジェイムスによって行われた神殿解体の暴挙に、未だ怒りをあらわにするも、その力の前に膝をつかねばならなかったゲラン神国は、表だってはないが、ケルダス前王家の支持にまわっていた。
そして商人ギルド国家サファランは、平等に支払いをするものに、それに見合う武器食料を売った。
ただし、その値段には差がでたが。
昔からのお得意さまのニルガと、ぽっと出のお客様じゃ差が出て当たり前だということだった。
そして隣国のケルダスの元宗主国ケルパラはラージス帝国と同盟を結び、今回の戦いに合流していた。
数では圧倒するラージス帝国は、この1年あまり続くケルダス前王家を掲げるレジスタンスとの戦いでは思うようにいかず、反対におされつつあった。
機嫌の良いジェイムス三世に、数々の皮肉を矢継ぎ早に叩き込み溜飲を下げたハジムは、
「陛下、ケルダスの方、どうなさいますか、あの馬鹿駐留軍のおかげで、さんざんです。」
「レジスタンスの数はふくれあがるばかりだし、国内の不満も出始めました。」
「陛下!」
と言うと、木のパズルで遊んでいたジェイムスは、手紙を投げてきた。
それは、レジスタンスの旗印であるジュール皇子の後見であるバール子爵からのものだった。
目で問うと、ニヤリと笑い
「俺も民の底力というのを、少しは見直したぞ。他人事でない戦争では死にもの狂いだな。」
「一度、本格的に俺が出陣して、大虐殺もいいかなとは思ったんだが、見てみろ、面白そうだ。」
ハジムはその手紙をみて、
「陛下、確か最近大衆小説にはまってましたね、側妃の持っていたものでしたか?ありえない!と腹を抱えていたやつです・・・。」
「ドロドロですね。」
「ドロドロだ。」
二人は目を合わせると、にこやかに笑い、ハジムのお茶でもいかがですか、との誘いに
「いただこう。」
とジェイムス三世は優雅に答えた。
今日もまた警護の者だけ残したオルロンは、静かな午後を迎えていた。
まだ走ると痛みの残る足首をみながら、リーナはゆっくりと本を読んでいた。
そろそろ戦いも、終盤を迎えつつあり、レジスタンス軍に殆どの民衆が参加したこともあり、ラージス帝国は、引く気配を見せ始めた。
実際ラージス帝国にとって、このケルダスにはこれ以上犠牲を払う価値がない。
そもそも何故ケルダスに侵攻したのかも、わからないことの一つだ。
資源も土地的にもそれほどのうまみはない国だ。
まさか帝王のきまぐれだとは誰も思わなかった。
ラージス国内の不満の声に賢帝と称えられるジェイムス三世も、それを無視できまいと、改めてレジスタンスに勢いがついた。
その為旗印である、ジュールの姿も父の隣に必要になり、今珍しくペットたちのいない自分だけの日々をここの所過ごしていたが、さすがに父たちも、寂しいと音をあげ、特にギランが敵味方関係なく、その鬱憤を晴らすので、歩くのにはさして問題がないので、あと2日で、ここに迎えがくることになっている。
ここには今小さいが自分の部隊を持たせてもらったジルスを中心に100人ほどがの残って、リーナの警護にあたっていた。
オルロン近くにいたラージス軍は全て、進軍の前に綺麗に掃討されていたので、これでも充分な数だった。
いつものように本を読んでいたリーナが異変に気付いたのは、何気に窓に向かい隣の屋敷を見た時だった。
隣りの屋敷で半ば軟禁状態にあるジュールの姉姫マドリーンの姿がちらと見え、遠くここから見ても色とりどりのドレスが部屋いっぱいに広げ、慌ただしく侍女たちが動いていた。
侍女たちもいつものお仕着せの紺ではないドレスを身にまとい、どうみてもマドリーンの様子は正装に近くみえる。
何故、この午後にあのような服をきて、いつもひっそりといる、あの屋敷がこうも慌ただしいのか?
リーナは、何かあるのか聞いてみようと思い、自室を出ると一階に向かった。
そう言えば昨夜は遅くまで本を読んだせいで、昼近く起きたので遅い朝食をとり、昼食を断ったことを思い出した。
あのペットたちもおらず、自然きままな一日をリーナは送っていた。
下に降りると、珍しく誰も姿がみえず、ふと眉をしかめたリーナが入った食堂でみたのは、ジルス達が食堂のテーブルのそこここで食事の途中でうつぶせに倒れている姿だった。
あわてて駆け寄ると、息をしていたのでほっとしたが、即座にここは危険だと判断し、交代のものを待たず、テーブルからナイフをいくつか持つと、そのままそっと食堂を出た。
この主館でさえこれなのだから、他も同じだろう。
半分ずつ交代する警備のもとへ行くよりも、真っ先の避難をとリーナは考えた。
何がおきているかは後で考えればいい、私がすべきは一刻も早く裏の森に避難すべきだと、そのまま痛みが残る足で裏の勝手口にある洗濯物を投げ入れる狭い口に入り込み、そこにある汚れいれの袋に体を入れ中から口を縛り、外に転がった。
そこには汚れ物をいれた幾つかの麻袋が転がり、回収を待っていた。
見張りがある可能性を考え、ころころと、ほんのちょっとずつ目立たぬように細心の注意を払ってもう一つの洗濯物を一緒に手で押しながら、少しずつ移動をし、息をひそめたせいで聞こえる自分の心臓の音を聞きながら少しずつ移動した。
もしかしたら、もう見張りの者には見つかっていて、この滑稽なミノムシさながらの遅々とした動きを、周りで取り囲み嘲笑っているかもしれない、と一瞬リーナは考えたが、今は余計な事を考える暇なんてない、と自分を叱咤しリーナは不自然にならぬよう動いては様子をうかがい、というのを繰り返した。
リーナはゆっくりと動いては静止するというのを、この袋から抜けて駆け出したくなるのを我慢して繰り返し進んだ。
藪までの数メートルの距離が長く狂おしく感じた。
やがてこつんと何かがあたり、それが森への警戒棒だとわかり、リーナは初めて袋の口をそっと開け、急いで抜け出すと、伏せたままあたりを見回しその袋を一緒に運んだ袋に突っ込むと、その袋を少しでも元の場所の方に転がした。
大きい動きをしたので、じっと警戒して様子を見、その後は思い切り駆け出し森に向かった。
森に入ってしばらくすると、遠く争いの声がかすかに聞こえはじめてきた。
交代要員は半数しかいない。
ジルス達をみるに、残りの半分は使い物にならない。
オルロンは墜ちた。
彼らは・・・・・。
翼狼のコウが来るのを待って、リーナは父たちを、これ以上青くさせないためにも、一刻も早くここから逃げ出さなきゃと思いながらも、同時に肩をすくめ、
「ま、これでしばらく退屈はなさそうね。」
と、こちらに来るコウに笑いかけた。
持ってきたテーブルナイフを一本を残して土の下に埋め、コウの頭を撫でながら、逃げてきたオルロンを一度振り返り、これでまた父の過保護は一段と加速するだろうし、飼い主不在のペットの責任は・・・考えないことにした。
ちょっと油断したかなあ、と、あの隣館の様子を思い浮かべリーナはコウの頭に手を添えて歩き出した。