第3章 第3話
ある日のギランとチルニーです。
大規模な戦闘が、ここ半年ほどで2度あり、いずれもニルガ傭兵団の圧倒的な勝利に終わっていた。
傭兵団は兵の1割も失っておらず、遊撃隊隊長であるギランは一度も戦闘には出ず、相変わらず、まったりとリーナの傍で、猫と化していた。
「え~、チルチルがリーナのわんこなら、俺ってばにゃんこでしょ。」
そう宣言し、今に至る。
団員たちは、その物騒な「わんこ」と「にゃんこ」に戦々恐々としていた。
なぜなら、その「わんこ」の「にゃんこ」へ放つ幾つもの罠や毒物によって、その余波により、団員の数が、あきらかに大規模戦闘より、失われている気がするから・・・。
少しでも、あの遊撃隊隊長と副隊長から離れた所から、かわいいリーナの中庭での勉強タイムをみるのが、戦場から帰った団員にとっての、大切な時間なのだが、いかんせん、あの二人は、というか副隊長が一方的に仕掛けていくのだが、普通ではないので、とばっちりを受けてしまう事が多々あり、気の毒に死んでしまうものも出てくる。
そう、この男のように・・・。
食堂の窓際の下の壁で5~6人で、壁にもたれてリーナ鑑賞会を行っていた、まだ配属されて2年の新人たちの元に、油松かさが、いくつか火を吹いて飛んできた。
新人とはいえ、傭兵団に入団した男達はすぐに身をかわし難を逃れたが、一人その火の粉を運悪く自分の懐に持つ火薬に引火させてしまい、さすが、そのナンの所の新人は、一瞬のうちに判断し、そのまま身を丸くし、ごろごろ転がり、ブッシュの茂みで自爆した。
それをみたチルニーが、
「わざとですね!わざとあそこに刀で軌道を変えて、投げ込みましたね!」
そう言い、にらみつけるのを、
「え~、俺じゃないよお。あんなすぐ燃えて、水じゃ消えない、おっそろしいの投げたの。」
「自分じゃ~ん、チルチル。」
そう二ヘラっと笑うのに、
「あ・な・た・へのプレゼントです。素直に受け取りなさい!」
と一言一言区切って答えた。
「ねえ~、リーナ、わんこがいじめる~。」
い・いじめる・・・だと!。
そうリーナの膝にすがるのに、チルニーは、自分の血管がぷちっと切れるのを感じた。
どうしてやろう!そう手を握りしめた時、ギランを呼ぶ声が聞こえた。
副長のルークだ。
「グレン様からの召集だ。」
そう言いながら、リーナに向かって手をだした。
そのままリーナを抱き上げ踵をかえすと、チルニーに向かって
「今度一緒に手を組むか。」
そう物騒に笑うのに、チルニーは頭を下げることで答えた。
チルニーは、このギランより、副長のルークの方が底知れず怖い。
ギランの闇には明暗があり、濃淡がある。
この副長のルークには、闇が闇として底知れぬままあるのに、はたからは、それを凛としたものにしか見せない。
自分の闇を認めたチルニーだからこそ、ルークの底知れなさが恐ろしい。
ルークに抱かれたリーナが小さく手を振るのに蕩ける笑顔で答え、そのあとをふてくされたように、ポケットに手を突っ込み続くギランが通りしな、何かさきほどの新人たちに告げて去っていくと、一瞬前まで話していた仲間が死んで茫然として青い顔をしていた男達が、なおさら、その顔を青くするのが見えた。
チル二ーは、本当に申し訳ないことをしたと思って彼らのそばに向かった。
男達は先輩たちが、本当に遠くからしか、中庭をのぞかないのは知っていて、はじめは自分たちもそれにならっていたが、同じ大部屋仲間の一人が、食堂の窓辺の下の壁が絶好のスポットだと発見し、みんなが注視するなか、その日無事にいたのをみて、二人、三人と壁にもたれて、よもやま話しをしながら、リーナ様の勉強タイムを楽しむようになり、今日でそれが三日目だった。
突然何かが飛んできたのは、わかったが、それが城攻めなどに使われる油松かさだとわかり、このたちの悪い炎で、一人絶命したのをみて、自分たちの無謀さを改めて認識した。
茫然としている自分たちのそばに、ギラン様がくるのをみて、震える足が今にも崩れそうになるのを叱咤して敬礼をする。
「あのさあ~、俺いまんとこ超ごっきげんでさあ。」
「わかるう~、わかるよねえ。」
そう言うのに慌ててぶんぶん首を振った。
全然わからないが首を振った。
「だからあ、俺のリーナのそばに近づくのも、ちょっとは許したげるね。」
「だからさあ、おまえら、今日から俺の隊ね。死なせてあげるね、優しく。嬉しいでしょ。」
「ほら、首振んなよ、さっきみたいにぃ~。」
そう言って後ろ手で小さく手を振って去るのを、ショックのあまり立ちすくんでいると
副隊長のチルニーがやってきて、
「本当に申し訳ありませんでした。」
「ご友人の方には何と言っていいか・・・。」
「このような謝罪は何の意味もありませんが・・・。」
と、うなだれるのに、まだ、ギラン隊長の言葉にショックのあまり、頭が回らないなりに、いえ、だの、あの、だのしどろもどろで答えていると、
「そうですか、謝罪を受けて頂いてほっとしました。」
そう言って下げた頭を戻した。
そして、自分たちをもう一度しみじみみて、
「本当に謝罪を受け入れて下さりありがとうございました。」
と情けない顔をしたが、けれど・・・そういって一度黙った。
そして、そのあと副隊長のチルニーは腰の刀を数度一閃し、男達を斃した。
彼らも応戦しようとしたが、チルニーの居合いは尋常ではない速さで彼らの敵ではなかった。
食堂の窓からこわごわ伺っていた面々に、
「けれど、いけませんよね?三日あの子を不躾にじろじろと!」
そう思いませんか?と声をかけ、では失礼しますとにっこり礼をして去っていった。
ギランはあとでそれを聞き、
「あ~チルチルったらいけないんだ~!俺が楽しみで取っといたのに~。」
「じゃあ、他のはおれんだから、さわんないでね!」
もう、俺は最近楽しみは後からって派になってんのにさあ、とぶつぶつ言った。
それを聞いて遊撃隊コンビのそばには、何があっても近づかない!と心に決めた団員達だった。