第2章 第13話
傭兵団登場です。
ギランがもたらした情報は、ナンを中心に確認をとり、それが確かな事だとわかるやいなや今度は、ギルダスの動きの詳細が調べられ、バンナ村にも近づきつつあるとわかると、もはや隠れる意味はないということで、すぐさまリーナと合流をはかることになった。
ここまで2日ほどかかり、ギランは2日目の夕方から、団長のグレンの元に拘束されていた。
初日は機嫌よく誰彼かまわず、キスの嵐をふりまき、それはそれで、あのギラン隊長に頭をつかまれ径のつぼで動けなくなった所を、「ああ、俺やられるのか・・」と絶望と驚愕のうちに覚悟を決めて、目をつぶるのに、落ちてきたのはナイフではなく、キスの嵐。
別の意味で拠点の一つであるサーラにいる団員達を震え上がらせていた。
ところが、2日目の昼近くになると、なかなか動かない事に、機嫌は急降下。
なまじギランにしては珍しくまともなテンションだったのが災いしてか、昼からは、ここサーラの拠点は、ふだんのあのギランが普通にみえるほど、物騒な生き物と化したギランによって地獄をみていた。
目の前にいるものは問答無用で殺し始め、昨日キスの嵐の洗礼を受けた気の毒な団員もまた、その中に幾人か入っていた。
団員の初めての救難要請に、近くの町にいた特化隊が様子をみにきたが、その時には、まがりなりにも実力はあるギランの隊の生き残りの団員達は綺麗に身を隠して逃げていた。
特化隊のシーガが隊長室に入ると、明るい太陽の光を背に、大きな椅子に座るギランがいた。
逆光でギランの表情はわからなかったが、うつむいていた顔をこちらに向けると、その瞬間シーガに襲いかかってきた。
いつのまにか手に何本もの細身のナイフを持ち、それをとびかかりながら、四方に投げぬき、とっさに伏せて転がるシーガの周りで、いくつものくぐもった声が聞こえた。
シーガは部下の幾人かの喉笛に正確に刺さったそれを、目の隅でチラっと確認したと同時に、残りの隊員たちに目配せして、すばやく反転してドアをしめた。
再び襲いかかろうとするギランを、喉に刺さったナイフをそのままに、まだ動ける数人が立ちふさがるが、次々にギランに留めをさされた。
3人があっという間に斃されたが、残りの一人は、口から血をしたたらせながら、ニヤッと笑いその間に小型の爆薬に火をつけ、喉からの血液に苦しみながらも、自分の体に大事に抱き込みドアをふさぐ形で、自分を盾にしすぐさま爆発させた。
その爆発は小規模とはいえ、斃れた仲間の持つ小型の爆発物にも誘引し、この隊長室は壊滅状態で、その炎が黒く吹上がり、退避していた特化隊は、それを確認し、消化弾の準備に入った。
準備する隊員を手で下がるよう指示し、黒煙の上がる隊舎に、シーガは鋭い眼差しを向けると、その煙だけしか見えない入口に声をかけた。
「少しは目がさめたか!」
そういえば、煙の中からギランがうっそり現れるのをみて、シーガの部下達は、
「馬鹿な!」、 「うそだ・・・」、 「化け物か!」と茫然とするのを、
「気を抜くな!死にたいか!!」とシーガ隊長に叱責されて、気を取り直し臨戦態勢に入った。
ギランは赤銅色の髪に手をやり、それをみながら、この日はじめての言葉を発した。
「ねえ、シーガちゃんてばさあ、俺の自慢のこの髪さあ、ちょっと変にこげてな~い?」
「心のとおっ~ても広い、この俺もさあ、許せることと、許せないないことがあるんだよねえ。」
そういって、歩いてくるのに、シーガは、
「ふん、そのちゃちな刀でかかってくるか!お前のゆるい頭では理解できまいが、今度という今度は、遊びが過ぎる!」
そういうと同時に、シーガ隊は奇妙な隊列を展開し、両手にそれぞれ長さの違う刀を持って、こちらに駆け出してきたギランに、時間差で、それぞれ己の得意の超小型の爆薬を投げつけ、そしてまたギランの周りをこきざみにかけながら隊列をまたかえ、爆薬を投げるという戦いをはじめた。
それぞれ小さいとはいえ、殺傷力をもつ爆発の合い間をギランも器用に避けて、爆薬を投げて次に向かう相手を狙って刀を振るっていたが、シーガのしかけた波状の爆発の最後の一つに軽く引っかかり、軽くといっても、その爆風で片腕の長い方の刀をとり落とし、その爆風からかばった腕の側面からは大量の血が流れ出ていた。
シーガの部下の幾人かは、その短い間にもギランにやられていったので、怪我をみても突っかかる馬鹿は、この隊にはいなかった。
お互い間合いを測り、また戦闘が再開されようとしたとき、頭から大量の水が降ってきた。
「馬鹿が!」
その声は小さいものだったが、その声が誰のものかを瞬時に悟り、シーガやその部下は頭を下げ、シーガが、
「もうしわけありません。」と謝罪し、より一層頭を下げるのに、ギランはチャンスとばかりに、頓着なくシーガに向かっていったのを、横から、声の主の側に控えていたルークが、その刀をはじき、ギランがそれでも向かおうとするので、今度はルークが相手になるべく、刀の鞘を払おうとすると、
「俺がやる。」
と静かに、団長のグレンがでるのを、みな緊張の中、固唾を飲んで見守った。
ギランが、それを聞くと嬉しそうに笑い、そしてグレンに向かって駆け出した。
グレンは佇んだまま待ち、すれ違いざまに刀と刀のぶつかる音が一度だけして、ドサッと倒れる音がした。
「やれやれだな。誰かこいつの手当を。」
そう言うのに、ルークは、
「グレン様、今回ばかりは、この馬鹿のおかげで、貴重な戦力が無駄になりました。まあ、意味もなく無駄になるのは、日常茶飯事ではありますが、あまりに時期が悪い。」
そういうと、シーガの方をみて
「まったく、シーガもシーガだ。ここは戦場か!このありさまはなんだ!」
そう小言をいうと、こちらをみるシーガに、
「ああ、わかってる、わかってる。そんな目でみるな!いっちまったこいつの相手は、俺でも分が悪い。」
「本当に、ペットは飼い主に似るっていうが、いっちまってるこいつは、うちの誰かさんのミニチュアをみているようですよ。」
そういって、先に馬車に乗り込むグレンをみるが、グレンは肩をすくめると、
「場所を変える、ここは当分使えない。」
そういって、馬車で待つナンに声をかけていた。
使えないも何も、これだけでこぼこに穴のあいた庭や、焼けた建物など放棄だ、とそうブツブツ愚痴をこぼし、放水しようとする自分の部下に、
「ああ、ほおっておけ、今さらだ。この穴だらけの庭のおかげで、火は広がるまい。広がったとしても・・。」
そう肩をグレンと同じようにすくめると、放棄する拠点など関係ないとばかりに、自分も馬車に乗り込んだ。
「ああ、それと早く着替えてランナの町にこい。特化が水びたしじゃ仕事にならないぞ。」
そい言いグレンと共に去った。
ルークもわかっていた、何だかんだ皆浮かれているだけだ、と。
理解をしたくないが、あのギランでさえ浮かれているだけだ・・・と、本当にそうか?頭をふりつつ考えることを放棄して、やはりすこぶる機嫌のよいボスの隣に乗り込んだ。
去っていく一行をみながら、部下にギランに強い麻痺剤をかがさせて、着替えと傷の手当をさせ、迎えの馬車がくる間に、ここを去る準備をした。
何せ拠点がこの状態なので、着替えもありあわせを急いで町で用意したものだから、みなサイズがあっていない。
濡れたものよりましだと慰めてみるものの、これまで何度となくギランとやりあった過去を思いだし、こいつの体はどうなってやがる、としみじみ、ぶったおれるギランをみつめた。
拠点の館をこの際、再度爆破し、ギランの私物が吹っ飛ぶのに溜飲を下げ、気の毒なギランの部下には馬鹿を上に持つ運命だと思ってあきらめてもらおうと一人納得した。
そして、半日かけて、ランナにシーガたちも到着した。
ここはケルパラ領内でも大きな街の一つで、郊外にたつ拠点は、ここ何年かのニルガ傭兵団の最大拠点になっていた。
川一つ越えればケルダス領内になり、1日半でリーナの住む辺境のバンナ村までいける。
バンナ村までの道中、大きな町など通らず比較的小さな村や町がぽつぽつあるだけで、あとは草原や荒れ地が続くのも、ここが最大拠点に選ばれた理由でもある。
そして南に向かえば3日ほどの道程で、ラージス領内にいける。
現在、ラージス帝国を囲むようにして、拠点が配置されているが、伝令により、ここランナに続々集結していた。
いきがけの駄賃にラージス側の砦や商人たちを襲いながら。
4日目の夕食を、拷問部屋の中にある太い金網のゲージの中で食べながら、ギランは、
「もう、俺信じらんないよ~。普通さ、男を裸にむく?むかないよね~。シーガちゃんてば、ほんと信じらんな~い!まじで!そりゃあ俺って、どっからみられても、うん、裸でもね!いい男だけどさあ。
やっぱ、ないない!ないよねえ~。」
そういって、己の金網ごしに、一緒に食事をとる、自分のちょっと(うん、ちょっとなはず!)数を減らした部下達を、スプーンを口にくわえたまま見た。
ニルガ傭兵団の七不思議に、七不思議のほとんどが、このギランにかかわるものなのだが、その一つに、この部下達について、いわれている事がある。
いわく、隊長のギランにいつもこっぴどい目に合わせられているのに、騒ぎが収まるやいなや、いつのまにか戻ってきては、またギランの側にいる、と。
今回も3日目の昼までには、逃げた部下たちが全員そろい、昼食から、生き残り組はこうやって、拷問部屋でともに過ごし、ギランのわがままを、いそいそとかなえていた、現在できることの範囲で。
シーガへの愚痴をデザートを食べながら、また言っていた時、団長のグレンがやってきて、部下達は緊張のあまりがちがちになっていたが、はっと気をとり直し直立不動の姿勢になった。
ギランはグレンを上目遣いでみながら、口をとがらせて、
「も~ボスったらばさあ、もう少し手加減ってゆーの覚えてよねえ。俺じゃなかったら、いくらみね打ちでも、あれ超やばかったよ、もうえぐいの通り越してる世界だよ、あれ、俺じゃなかったら内臓やられてたかんね!」
そういうのに、
部下達は、手加減をという自分たちのリーダーの言葉に、それこそあなたに必要なものです!と内心思いもしたが、心の中にしまいつつ、自分たちは草だ、風だ、そう思い込みギランの機嫌の悪い時にやる、自分達は人間じゃない作戦に入った。
(本当に、それでも運が悪い奴は、そのまま人間を終わらせてしまうが・・・)
そんな部下達の心の中を知ってか知らずか、まだまだ愚痴をいいつのるギラン隊長に、終わったかもと涙目になりつつある部下達は、グレンの小さな、しかし笑い声であるそれに、驚愕のあまり、思わず団長であるグレンに目をやってしまった。
めっにというか、自分たちは初めてきく団長であるグレンの笑い声だった。
特にこの数年、あの副長のルースでさえ、傍によることもできない状態が続いていたほど、絶対冷気をかもしだしていた。
低く笑うグレンは、ぶつぶつと愚痴をこぼすギランに、
「なあ、おい。迎えっていうのは、全員で行くもんだろ、違うのか?」
そういってギランをそそのかすようにみた。
ギランは、ひたりと自分のボスに目をむけると、
「わ~、俺の髪ってば、変じゃない、ね、ね、ボスこの髪ど~しよ~。わあ~、ど~するさ俺!リーナに笑われたら生きていけない!」と、
本気で泣きが入るのに、グレンはまた楽しそうに笑った。