第2章 第11話
続きです。
チルニーは愛しい少女との戯れの時間を、大事に大事に味わっていた。
時々、あっちにいけとばかりに、軽く蹴られてわずかながら離されるが、自分にそれで、意識を向けてくれているのがわかり、また至福の思いにとらわれる、という事を繰り返していた。
自分の後ろに、おかしな気配がし、リーナが自分をけるたびに、それが強くなるのを感じるが、チルニーは、ちっとも気にしていなかった。
自分が、学舎の庭で一仕事をしていた時、最初の兵士を切り捨てた時に、一瞬あふれ、そして消えた気配だった。
その気配が自分の邪魔さえしなければ、いつまでそこにいようとかまわなかった。
これほど澄み切って、全てを取り払った自分は、不思議なことに騎士団にいたあの時より、誰にも負ける気はしなかった。
ここに尊敬する団長や長年の友人、剣の師匠、自分の身内がきたとしても、今の自分なら一刀の元に殺せると思う。
そのくらい全て取り払って、綺麗に狂える自分に、綺麗に殺せる自分に喜びのみを持った。
あの背後の気配が、並の人間ではないことはわかっているが、今の自分の相手ではないだろう。
そのくらい、今の自分は鋭敏で峻烈だと、うぬぼれでもなく確信していた。
それが人としての境界を超えることで、愛しい少女と離れないための手段の一つになれればいいと思う。
リーナが学舎でみせた反応は、たずね人の少女であるならば、不思議でもなんでもなく、わざわざ自分で自傷して、辻褄をあわせるなど全然必要のないことだった。
もし、彼女のために必要なら、この町の全てを破壊しようと、リーナをニコニコみつめながら思う。
リーナは、弁当を食べ終わると、綺麗に片づけて、ドアの方をみた。
ドアにもたれて手を組みながらこちらをみるジルスは、みるからに不機嫌そうだった。
「おなかでもすいてるの?」
そう声をかけると、ジルスは肩をすくめ、自分を通り越してジルスをみるリーナに、しゅんと眉を下げ、自分も後ろをみて、若い、その長髪をひもでくくって、こちらをみている男をにらんだ。
ジルスもにらんでくるチルニーに、再び剣呑な眼差しを送り、手にもつ刀に力をいれた。
チルニーも脇においた自分の刀に手をかけ、
「大刀ですか?いいでしょう。その大きさを選んだ自分の愚かさを、ご自身の体で教えてさしあげます。」
そういうやいなや、今まで座っていたと思えない身軽さで、ドアの方に向かってかけだしていく。
その速さのまま、あっというまに居合いを切り、その常人離れしたスピードで切りかかっていく。
上へ下へと縦横無尽に繰り出される刀は、そのスピードを、より、あげながらジルスを正確においつめていく。
狭い教室のなかから、廊下に飛び出すことによって、ジルスは体勢を整えた。
ジルスは初めの数太刀こそ、鞘を半分ほどしか抜けずに、その鞘で剣戟を受けたが、大刀の自分の苦手とする素早い攻撃に対して徐々に合わせはじめ、大刀を扱っているとは思えない身軽さで、反撃しだした。
カンカンという互いに合わせる剣の音がまだんなく続き、息遣いでさえもシンクロしはじめたかと錯覚しはじめる頃、
「いくわ。」
そういって、二人の横を綺麗に駆け抜け、通り過ぎようとするリーナに、二人は同時に
「「一緒にいく!」」と叫び、お互い目をあわせるのに、リーナがくすくす笑い、
「おいで!わんちゃん。」
そういって後ろ手に手をひらひらさせた。
「さあ、二人とも、遊んでないで!」
と声をかけ玄関に向かった。
二人はまたも目を合わせ、お互いの刀をしまうと、
「俺は正式な任務だ!邪魔だ、どけ。」
と駆け出すのを、同じく駆け出しながら、
「ふん、団の活動のいきっぱぐれが何をいうかと思ったら、やれやれです。」
そういい、また一触即発の雰囲気になるが、リーナの大きな笑い声に、二人はまなじりを下げ、今は一刻も早く、隣の男よりリーナの元に赴くべく、その足を速めた。