第2章 第9話
昨日は帰りが遅くなり、書く時間がとれず、今日になりました。
チルニーは教室に戻ると、ドアにもたれて、
「やれやれ、また着替えてこなければ・・・。少し待っていてくださいね。」
そう、窓辺のリーナに声をかけ、自室に戻った。
チラとみたリーナは、こちらをみるではなく、窓の外を静かにみつめていた。
自室に戻る途中、隣の予備室があけはなったドアのすきまからみえ、そこには昨夜ここに残った調査団の一行の死体が、倒れたイスや周りに散乱する食べ物の間にみえた。
独特の広がりをみせる血の黒さと、生臭さに、軽く眉をしかめると、自分の腕を鼻の先に持ってきて、匂いがついてないか確認した。
愛しいリーナの前で、自分に変な匂いがあるなんて、考えただけでも耐えられそうになかった。
急いで湯あみをすべく、着替えを用意しながら、この辺境の地域で一番のうりは、この湧き出る温泉が自由につかえるところだな、と思い、急いで湯船につかった。
昨日の昼、学舎にケルダス国より非公式に派遣されているという調査団を迎え昼食がてら、接待し、その後それぞれ祭りを楽しんだあとの夕食後、それはおこった。
風呂にゆったりとつかり、祭りの喧噪にも酔ったのか、久々の休日に、みな上機嫌で一杯やりながら、自分も相伴にあずかっていた予備室で、一人の兵士が、何気なくいった。
「12、3の黒髪の女の子なんて、ごろごろいますよ。いつまで自分たちは、この国を歩かなきゃならないんですかねえ。」
そういった時、もうひとりの兵士がそれをやめさせようとしたが、証所官の役人も手を振って、
「いやいや、学舎におつとめの先生には、ぜひとも聞いていただきましょう。」
そう、いって酒に酔った赤い顔で、説明しだした。
少し噂にはなっていると思うが、実際の所、自分たちは子供、それも12、3になる黒髪の女の子を探しているということ。
3か月近く、こうして国のあちこちに自分たちのような人間が、探し歩いてる、などと話し出した。
チムニーは、頭に愛しいあの子を思い浮かべ、確かに大勢黒髪の子はいるが、あの子の持つ雰囲気は・・・そう心に思い浮かべながら、穏やかに、私にお話しされても、力になれるかどうかわかりませんが、と、気の毒そうに役人の旅の苦労をねぎらった。
「私はもともと事務方の仕事をまじめにこつこつとしてきたのに・・。」
と、いろいろ愚痴をこぼしはじめ、それに兵士たちも家族をおいてきた寂しさに愚痴をいいはじめた。
チルニーが穏やかに笑い、時には優しく相槌をうち、話を聞いてくれるので、つい役人は酒に酔った頭で、ここだけの話ですけどね、そういって小さな声で、(実際は酒が入って大きな声をだしていたのだが、)
「これは、上の責任者しか知らないことなんですがね、私の兄が、その方付きなもので、その兄から聞いた話しなんです。」
そういうのに、二人の兵士も興味津々で、その顔をみつめた。
「その黒髪の女の子って、なぜ探されてるかわかります?ヒントは誰の子かです。」
そう勿体をつけて話すのに、二人の兵士も息をのみ、チルニーが、
「私にはとてもとても、遠い王都のお偉い方の事までは、わかりかねます。兄上様は凄い出世なされておられるのですね。」
そういうと、その男はまるで自分が褒められたかのように小鼻をふくらませ、周りを見渡して、
「そう、これは一部の人間しか知らないことなんですがね、なんと、なんとですよ!今をときめく、あのラージス帝国とやりあってるニルガ傭兵団の関係者、それも幹部クラスの娘だそうですよ!」
「我がケルダスが何を持って追っているのかはしりませんけどね。」
そういい、ここだけの話だとまた、しつこくいいつのるのにチルニーは、生返事をしながら、素早く頭を巡らせていた。
万が一、万が一にその子供がリーナの可能性を考えてみた。
確かに、黒髪の子はたくさんいるが・・・・。
だけど、もしかして、もしかしたら、その子がリーナだとすれば、どうなる。
その年頃の黒髪の子は密かに、王都に連れられていくという話を今聞いたばかりだ。
どこで判断されるのか、その子供達は違うとわかれば、すぐに王都観光ののち帰されるというが、もしそれがリーナであれば、と考えると、目の前が真っ暗になった。
リーナと離れる、という事柄を一度も考えていなかった自分の能天気さに愕然とし、それが実際離れてしまうかもしれないということを、今考えるだけで、絶望のあまりに手や膝に力が入らず、震えるからだを不信に思われないようにおさえるのが精いっぱいだった。
騎士団の時代でさえ、いろいろな任務についたこの自分が、これほどの恐怖を味わったことはなかった。
目の前から一切の音は消え、頭の中はぐるぐると、ものごとを考えるのを一切放棄しはじめていた。
やがて、顔を天井に向け、そのあと、目の前の男達にその視線をしっかりむけた。
この男達が、自分とリーナを引き離す、いや、この国が自分とリーナを引き離すのか。
今までの子のように戻ってくるかもしれない。
だが、戻らなかったらどうする・・・。
それを考えた時、ひどく熱く怒りで体は震えるのに、頭の中で冷静に計画をたてる自分がいた。
リーナがその子かどうかなど、どうでもよかった。
自分から、この愛しい奇跡の存在をいっときでも奪おうというのなら、奪わせないだけだ。
ゆっくり部屋をでて、何か声をかけられたような気もしたが、振り向くこともなく、自室に戻り、自分の手になじんんだそれを片手に持ち、予備室に戻ったチルニーは静かに最初の一太刀をドアを背にした兵士にむけ、続けて驚愕に目をあける無防備な男達を、逃げようとするそばから次々に葬った。
怒号に何事かと、同僚の教師が部屋をのぞき、そのまま震えて逃げようとするのを階段の途中で追いつき、信じられないと訴えるその目に、にっこりとほほ笑み頭を下げた。
「ボイド先生、慣れない私をご指導いただきありがとうございました。」
そう声をかけ、震えるボイドの、その体を上から兵士の持っていた刀で串刺しにした。
それから自分の部屋に戻りながら、明日の朝には、確かもう一組途中でくるな、ああ、それとケリー先生が明後日から始まる授業の準備にここにくるはずだ。
別に休みの日にまでくる必要はないのだが、何かにつけて、やってくるケリー先生が、自分に好意を持っているのは感じていた。
素直で屈託のない若い彼女に、以前の自分なら答えたろうか?
ふと、そんな考えがかすめたが、ありえないと感じ、自分は今のこの時の為に、幼い時から訓練をうけ騎士団に入り、流されるようにきたこの町で、リーナに出会う運命だったのだと強く思った。
自分の愛刀を念入りに手入れし、明日の昼には自分も上手に刀傷を作らなければ、そう思いながら満足の内に、ベッドに横になった。
ケリー先生の悲鳴は面倒だろうな、と思いたち、彼女は中をみせずに、殺さなければならないと思い、それにしても最後の調査隊の人間が昼近くにくるまで、それまでとても暇になるなあ、と考え、今さらながらそんなことを考える自分に笑い声をあげ眠りについた。
翌朝、学舎にやってくるリーナの姿を発見して、チルニーは胸がおどるのを止められず、もし、彼女が驚いて泣き出したら、優しく慰めてあげて、大丈夫だと安心させてあげよう、自分がいるから大丈夫だと、そっと抱きしめよう、そう思っていそいそと下に降りていった。
ところがリーナは入口に血まみれで倒れるケリーには目もむけようとはせず、ドアをふさぐ形の死体を足で器用にどかし、そのまま悲鳴もあげることもなく、学舎内に入ってきた。
階段はボイドの血で染まり、滴り落ちた血がすでに固まって一番下まで続いていたが、それも器用にさけて何事もなく教室に向かうのを、反対にチルニーの方が茫然とみていた。
この状況をなんて言い訳しようとか考えていたことが一瞬で飛び、やがてチルニーは、うっとりとした微笑みを浮かべ、愛しい少女の元に向かった。
少女の傍による前に、窓から邪魔者の姿を確認すると、もう一仕事をしなければならないと思ったが、今回は少女の存在がすぐそばにあるので、うきうきとチルニーは玄関に向かった。
その手に抜き身の愛刀を下げて。