第2章 第6話
お祭り好きです。
この年のゾワンはことの他大きな花を咲かせ、リーナの住むパンナ村でも、家の中にまで、その芳香で酔いそうになるほどだった。
昨日からはじまった祭りは、地元の人間は初日は自分の住む町や村で祝い、当番の者を残して、この2日目は、他の町や村に繰り出す。
そして、三日目は神殿への祈りと、祭りの片付けにあてられる。
バンナ村でも、昨日は大きな天幕が3つ、祭り会場となる大きな辻で張られ、どのテーブルにも、この日のために造られた日持ちのするパンやお菓子、年に1度のこの祭りにのみ登場する、ケーキの数々に子供達は大喜びで食べ遊び、大人たちは朝から祝い酒で、これまた上機嫌だった。
この小さな村でさえ、これなのだ、これが大きな町ともなると、大道芸一座や吟遊詩人、旅の商人の露店など、ここぞとばかりに、人も物も溢れかえり、人々は浮かれ騒ぐ。
リーナたちも二日目は、年長者組の子供達だけで、祭りに繰り出し最初に学舎のチルニー先生に挨拶をして、町からのお礼の買い物補助券を、それぞれ5枚ずつもらい、町に繰り出した。
チルニーは、きゃっきゃと飛び出す子供達に、あまり遅くならないように声をかけたが、子供達は、
「はーい、チルニー先生」と、本当に聞いているのか、いないのか、楽しそうに駆け出していく。
それを笑顔で見送りながら、踵をかえすと、そっと、補助券を渡したリーナの感触が残る手を、口元によせ、その気配の残り香をかぐと、そっと目をつぶり、狂おしい衝動のまま、その手を舐めた。
年長組では、リーダー格のアンナが、いつのまにか調べたのか、かわいいアクセサリーの露店があるというので、最初にその店にいくことにしたが、道路にあふれんばかりの露店の数々を無視することはできず、あっちの店、こっちの店とふらふら歩き、結局アクセサリーの露店についたのは、小一時間たってからだった。
その遅れも何故か楽しくて、誰のせいだ、かれのせいだ、と大騒ぎをしつつ笑いながら通りを歩いて、やっと、この露店についたのだった。
さすがに、アンナの情報通り、かわいい石を使ったアクセサリーが所せましと並べられ、混じり物の金鎖などもあるが、それらは補助券があっても買えるものではなかったが、手ごろな、とてもかわいいブレスレットなどを、みなで買い、それをすぐ身に着けて、余計女の子たちのテンションは上がったのだった。
昼からは、村の年長組の男の子たちも合流し、ふだん女の子組と男の子組で、あえばすぐ口げんかになるのだが、この日は違って、男の子たちは慣れないながらも、女の子たちをサポートし、それに女の子たちは、買ったばかりのアクセサリーを一生懸命目立たせながら、少し照れくさそうに、その手を取られていた。
午後には町のホールで、廻り劇団の恋愛劇があり、リーナ達は、このホールのチケットを補助券と共に貰っていたので、村に帰る時間を考えると、今日の最後はこれにしようと、みんなでやってきていた。
リーナ達が入っていくと、もうほとんど満席で立ち見になってしまった。
劇団の前に、町の有志による演目があり、お年寄りたちのコーラスやら、若い人達の寸劇や、巧みな笛の演奏などが続いた。
町で営む食堂などのおかみさんたちによる、いっちょらのドレスを着た楽器の演奏がはじまった。
体にパンパンのドレスはどれも若いじぶんにしたてたらしく、統一性のない派手さで、まずそれで会場の度肝をぬいた。
次に、ギーギー、ガーガーというそれが、会場に流れると、別の意味で会場が笑いに包まれた。
五分もすると野次が飛びはじめ、続いて、男数人が、
「屠殺される豚の声聞きにきたんじゃじゃねーぞ!」だの、
「大道芸の道化よりひでー恰好だな、おい!」
などと、野次を飛ばし始めた瞬間、初めは知らんふりを決めていた、おかみさんたちは、屠殺といわれたところで、我慢の限界がきたらしく、
「お前は大工のジェイクだね!うちのお代をためときやがって、よくも言ってくれたね!」
そういいながら、れんが亭の食堂のおかみが、バイオリンらしき楽器をジェイクに投げるやいなや、舞台からおりて踊りかかっていったものだから、他のおかみさん連中も、うちの店には金輪際出入り禁止だ!などと怒鳴り声をあげ、同じように舞台をおりてとびかかるものだから、それに便乗して大騒ぎするもの、喧嘩を始めるものまであらわれ、ホールは大騒ぎになった。
リーナ達は、それを腹を抱えて笑い、飛んでくる菓子やタオル、何故かとんかち等を避けながら、また目を見合わせては涙を流して大笑いをした。
ホール主任や、町の役人たちがおおあわてで収集をつけるも、その緩んだ空気までは、一向におさまらず、最後の演目に、町の浴場の管理人をしている大柄な女性のジョリーンが歌劇の一節を歌うことで、その留めをさした。
ピンクのヒラヒラしたドレスで、その裾を引きずって歩いてきただけで、会場は爆笑に包まれ、ジョリーンは、陽気な人間でふだんでもニコニコしている人なので、舞台上の自分まで大声で笑いだし、やっと歌曲を歌いだした途端、そのかすれたソプラノもどきの歌声に、またまた会場は大爆笑した。
ジョリーンが、それをまたニコニコ嬉しそうに見るものだから、それにまた、会場は大爆笑。
あげくに、外の人間が自分が貰ったドライフラワーの胸飾りを、舞台のそでまでいって、ジョリーンに渡し、それをジョリーンが嬉しそうに自分の髪にさし、それが、また、かすれた高音の歌声にあおられるかのように、顔の方に垂れ下がっては、ジョリーンが歌いながら直すので、もうそれで留めとばかりに、会場は笑いの渦に包まれた。
これにはホールの主任たちも、膝をたたいて笑い転げ、結局この後の行われた廻り劇団の恋愛悲劇は、妙な空気のまま終わるという、劇団にとってはこれこそ悲劇に終わった。
帰りの道すがら、未だクスクスと笑いが絶えないリーナたちは、祭りの中日に、それぞれの家族から渡される願いの枝(これには銅貨が結ばれており、それは子供達にとって、めったにないおこずかいになる)に、何を祈るのかそれぞれ、そっと教えあい、その小さなささやかな願いを胸にそれぞれの家に帰っていった。
アンナは楽しかった今日一日の話を家族にし、家族も殴りかかったおかみさんたちの話に大笑いし、ジョリーンの歌はぜひとも聞きたかったと、そこでまた、大笑いした。
そして家族ともども祈りの枝を握りしめ、父と母は、幼い弟と共に寝室に下がり、アンナはすぐ下の妹とともに、自分たちの部屋のベッドに寝転がり、妹の今日の祭りでの話を聞きながら、おみやげのネックレスを妹につけてやり、二人仲良くベッドに入って、
「ああ、本当に素晴らしい一日だった。毎朝今日も素敵な一日だって感謝するけど、今日は飛び切りだったわ。」
そう妹に告げると妹も
「あたしも今日、レッカーさんとこの、今度生まれる子猫母さんが飼ってもいいっていってくれたし、おいしいラズベリーパイの作り方、マーサーさんが教えてくれたの。小さな子たちにも、今日もたくさんのケーキがあったんだから!」
といいつのるのに、
「結局、あたしたち、最高の一日だったってわけね!」
としめくくり、二人で手をつないでクスクス笑いながら、眠りにおちた。
隣の寝室では、幼い弟におとぎ話をしながら、
「こうして、ジムは楽しく暮らしました。めでたし、めでたし。」
と幼い末の子の名前に変えたおとぎ話に、ジムは嬉しそうに母の胸に抱かれ、父に頭を撫でられ、やがて眠りについた。
ジムをそっと置いて、隣の部屋の様子をみると、姉妹で抱き合いながら眠っていた。
それに夫と二人、その頬にキスし、布団をそっとかけなおし、姉妹の部屋をでた。
夫婦の部屋にもどると、他の家々同様、ろうそくをともし、それを窓辺においてカーテンをあけた。
ゾワンのむせ返る香りの中、今日の祭り会場で、共に飲み食べた村の仲間たちの顔が浮かんだ。
ちょうど、向かいのゾーイ夫婦もろうそくを置きにきたようで、お互いシルエットのみだが、挨拶をかわした。
あそこは、待望の赤ん坊が生まれたばかりだ。
そう思い、ろうそくのともす遅くなった理由を思いいたった。
ベッドにもどると、お互いの目を合わせ、上等なワインで改めて乾杯し、ここ数年の極上の幸せを二人で語り合い、夫のロンは妻のリザに改めて感謝の言葉を捧げた。
「こんなにかわいい子供達を、ありがとう。私のそばにいてくれてありがとう。」と。
それを聞いたリザは優しく微笑むと、眠っているジムを抱きしめ、ロンはジムごしに、妻に感謝のキスを捧げ、ジムと妻を抱きしめて、自分たちも眠りについた。
この夜、バンナ村のあちこちでは、同じような話がかわされ、窓辺にはろうそくがともされた。
リーナも夜寝る前、祖父のウォーカーに願いの枝をもらい、ベッドの枕元にそっと置いて、自分の願いがかなうよう祈った。
ウォーカーとハンナは、村に少しずつともる、ろうそくを黙って眺めながら、
「ろうそくだね。綺麗なもんだ。」と会話し、そのあとは無言でその夜をすごした。
朝おきると、リーナは静かに目をつぶり、そしてゆっくり起きだして、窓辺から、村の様子を眺めた。
バンナ村では昨日、日が落ちるのを合図に、一日早く祭りの片付けを終えてしまったので、まるで祭りなどなかったような、早朝の朝の静寂さがあった。
早朝とはいえ、飼っている家畜や鶏でさえ、リーナの家で飼っているイサナでさえ、その声がしない静寂の朝だった。
下におりると、祖父はおらず、ハンナが朝ごはんの用意をしていた。
「おはよう、おばあちゃん。今日も主神ヤーナのご加護がありますように。」
と、リーナがいうと、ハンナは振り向いたが、その顔はニヤッと口角をあげただけで何もいわず、朝ごはんの用意を続けた。
ウォーカーと、隣家のジルスは、村の家々を一軒ずつまわり歩き続け、それが終わると帰途についた。
やがて、帰りながら今日の朝ごはんの話になり、今日は食べきれんかもなあ、とぼやきつつ家に帰った。
案の定テーブルの上は朝から鶏や豚料理が所せましと、のせられており、いつきていたのか、マーサーも手伝っていた。
リーナが、もうこれ以上無理だから、学舎に持っていく弁当を作るといいだし、みなが、もっと食べないと大きくなれないぞ、というのに、ふてくされるのをみて、みなで笑った。
ウォーカーが昼の弁当を作るリーナをみながら、マーサーを褒めた。
褒められたマーサーは、ふん!と鼻をならし、
「あたしを誰だと思ってるんだい、いくつもの娼館を束ねた、このマーサさまだ!下手はうたないよ!」
とふんぞり帰るのに、ウォーカーはそれでも、いい仕事だといって、マーサをほめた。
いつもの学舎に向かう道すがら、リーナは村の家々を眺め、祈りの枝に願った願いがかなうのを感じた。
バンナ村に、はじめからいた人間は全て処理され、少しずつ少しずつ傭兵団によって買われた奴隷たちや、都にいた路上暮らしの人間のうち、ナンの合格をもらった人間達が、この村に住み着いたのは、もう何年前にもなる。
この村で、人間以下の暮らしをしてきた、骨と皮ばかりのものたちは、夢にまで見た普通の暮らしというものを手に入れた。
家族を作り、家畜を飼い、生まれた子供達や、新しい家族になった孤児だった子らを学舎にいかせ、日々奇跡のような、はたからみれば単調な暮らしを送り続けた。
毎朝いい一日がはじまり、良き日が暮れていくのを、何事もなく一人の人間として生きていく幸せに、その日その日に感謝した。
マイナスで生きてきた自分たちに、ここは与えられた極楽だった。
だから、その期限が終わったと祭りの朝知らされても、村の人間は、楽しかったあれやこれを思い浮かべ、そして愛しい家族を思い浮かべ、薬師のマーサが、眠りについたまま安らかに死ねるという薬を調合してくれるというのを聞いて、それをまた、みな喜んだ。
いまさら、ここを逃げ出すなど考えもせず、誰もこの極楽のこの場所で、思いもかけず安らかに死ねるのだということに感謝した。
初日の夕餉を、祭り広場でみんなでとりながら、キャリー婆さんが、
「ああ、いい一生だ」と思って死ねるなんざ思っちゃいなかった。
そうしみじみいうのに、みなで同意し、美しく実る畑や美しい青葉輝くサナの森をみつめた。
誰言うでなく、明日の最後の夜には、傭兵団への感謝の気持ちを、窓辺でろうそくをともすことで伝えようとなり、自分たちの家畜も祭りの片付けが終わったらしめなきゃなあ、なんも残しちゃならねぇようにしなければ、という話ににうなずき、どうせ、ろうそくをおくのなら、最愛の子供達を先に送るのを見届けて、その合図にもしようとなった。
あの家々の昨夜の窓辺のろうそくは、子供達の死を確認したものが他の家への合図とともに、傭兵団への感謝をこめてともしたものだった。
大きな子供達もまた、最後の日をどう迎えるかアンナを中心に話し合ったが、普通通りに、普通がどんなに贅沢か知っている、辛酸をなめた幼い日々をいやというほど味わった孤児の自分たちだからこそ、普通通りにすごし、その贅沢のうちに死んでいこうと決めた。
帰り道で、皆は口々に、祈りの枝に、傭兵団のさらなる飛躍と、リーナの幸せを願うことを、そっと教えあって、皆が同じなのは、どうなのかと、また、帰りの馬車は笑いに包まれた。
リーナは、今宵燃え上がり、村であった名残さえなくなるだろう村の家々を眺め、祈りの枝の願いがかなったことに遠い空を眺めながら、感謝をささげた。
何かに祈りを捧げたのは、リーナにとってははじめてのことだった。
「どうか、村のみんなを苦しまずに死なせてください」と。