第2章 第1話
現在のリーナの日常です。
今日から、また学舎がはじまるため、リーナは慌ただしく家を飛び出した。
案の定、道の三叉路では、同じ学舎に通うアンナ達から、
「リーナおそ~い!」と、口々に文句をいわれた。
この村から隣町ヴォーグの学舎までは、歩くと1時間近くかかるが、朝に限ってリーナ達は、牛乳売りのマシュウおじさんの馬車に、いつも5人乗せてもらって、通っている。
馬車とはいっても、農馬の引く荷車の片隅に、ちょこんと皆で座り、牛乳の多い日は荷台の板に上手にバランスをとって座らせてもらっている。
「ごめんね、イサナ達に餌をあげてたら、つい遊んじゃって。」
リーナが、そういいながら荷台の一番手前に座るのを確認して、マシュウは出発した。
「ねえ、ねえ、新しい先生がくるんでしょ。男の先生かな?そうだといいなあ。」
と、アンナがいえば、同い年のマギーが、
「あたしは女の先生がいい!大きな街からくるんだもの、いろいろな流行を教えてもらいたいな。」
と目を輝かせていうのを、年下の子たちまで、ワイワイと言い始めて、いつも通りの、にぎやかな時間が、またはじまった。
学舎では早速、朝の集会で、今年度の先生方の紹介があり、小学年、中学年、高学年と紹介され、高学年の担当には、噂の新しい先生が紹介された。
アンナなんかは、大喜びで、こちらをチラチラと見ては、まだ20代と思われる若い男の先生に、うっとりとしている。
そんなアンナをみて、軽く目立たないように、手を振ると、学長のザークがこちらをにらんだので、あわてて手を引っ込めた。
「また、はじまる。」
そう思いながらリーナは広々とした広場の、灰色がかった空をみていた。
学舎では簡単な数の計算や、男の子には農作業のための基礎知識、女の子は刺繍なども教わるが、昼には終わるので、家の手伝いをするものを除いて、大体みな簡単な昼を持ってきて、もう1、2時間遊んで帰るのが普通だ。
収穫の時期には、総出で子供達も手伝いに駆り出されるので、その期間は学舎はない。
基本、のんびりとしたものなので、実質小さな子から大きな子までの預り所といった感じだ。
そんな中、新しくきたテオドール先生は、今までの先生とは違い時事ネタから、都ではやる芸人一座の話、詩の朗読までと、今までにない新鮮なことばかり行うので、30名ほどの高学年の子たちは、すっかり心酔してしまって、雛みたいに先生の後を追いかけまわして、いつも先生の周りは、子供達でいっぱいになった。
この学舎では年に2回の収穫祭のあと、保護者や町の人間を招いて音楽会や発表会を行うが、何をするのかは、高学年で毎年決定されている。
その話し合いが現在進行形で行われているのだが、リーナは、この新しい先生が、巧みにみなを誘導して、話し合いの方向をコントロールしているのに気付いた。
一人が何か意見をいえば、それを褒めながらも、ちょっと一言自分の考えを付け加え、そうして、徐々に徐々にコントロールしていく様子に、はじめてリーナは、この男に本当の意味で目をやった。
リーナがテオドールを見ると、テオドールもまた、リーナをみつめていた。
しかし、その小さな緊張はすぐに子供達の声で遮られ、何事もなかったように、また話し合いが再開されていた。