第16話
過去編の最終に入ります。
リーナは、自分の足元に座り込み、嬉しそうに、短剣の数々を磨いては並べ、どれにするかを期待に満ちた目でみてくるギランに、ため息を出るのを抑え、手をついて更に近づこうとするのを、自分の足でギランの肩をおさえる事できっちりと阻止した。
ところが、ギランときたら、目を細め、あろうことか嬉しそうに私の足首を、ふくらはぎにかけてペロペロと舐め始めるものだから、思わず私が、その顔を蹴ったのは仕方がないことだと思う。
父さまやルースがみたら、お小言をちようだいするかもだけど。
いまさらギランのやることには、ちょっとやそっとじや驚かない。
けれど、最近のギランは、輪をかけておかしいし、私の傍を決して離れようとしない。
ルースにしてもそう、忙しい合い間をぬっては、私にべったりだ。
この砦には珍しくもう、2年近くいる。
その間、この砦の人口が少しばかり減っていくのは、何も私ばかりのせいじゃないと思う。
娼館が消えては、新しくされたり・・・新しくされたり・・・。
この間は文字通り、常夜館のあとにできた「啼鳥館」が、あとかたもなくシーガによって、吹き飛ばされた。
あれこそ、私が悪いんじゃない、無口なシーガはしゃべらない分、爆破という大きな音で、声がわりに自己主張するのだから。
そのシーガの前で、、私に対してみんなは、ちょっとおかしすぎると言った酔っ払いのせいで、砦の人口がまた減ってしまった。
確かに私も、そう思わないでもない。
この、ニルガに入団するには、半端ない実力と運も必要だと言われているが、その実力に自信のあるものでさえも、仮入団の訓練の1年が過ぎる頃には、その過酷さから半数も生き残らない。
更に正式に入団し、それぞれの配属される隊が決まり、各地に散っていく時には、父グレンと、それ以上に私に対する、あの狂った盲愛さが、出来上がっている。
どんな訓練をすれば、ああなるのか?
もちろん、生まれた時から傍にいる幹部たち、あれは・・・元からおかしいから考えるだけ無駄だけど。
この前、ニルガ傭兵団が、この砦に大集結した。
それぞれ、いろんな人間になりすましていたけど、数千人の男達が一夜に集まり一夜に散ったのは壮観だった。
私も父に抱かれて、初めて出席した。
静かで緊張感にあふれた、けれど、どこかキラキラした幻想的な夜だった。
あれから、父もルーク達幹部も、みな私の傍を離れない。
だから、私もみなに思いっきり甘え、わがままをいい、笑っている。
ギランは・・・別だけど。
私は準備が整い次第、娼館を営んでいたマーサや、ずっと厨房をまかされてきたハンナ達と共に、この砦をでる。
本当に辛そうな人たちの為に、笑ってここをでるつもりだ。
ナンはうちの裏方中の裏方で、そして、ニルガ傭兵団の頭脳でもある。
そのナンがある事を予測した。
そのため、子供の私が、この傭兵団にいるのは目立つし、何より、良い標的になることを考え、私を手放すことに決めた。
幹部たちは穏やかに私にまとわりついているが、その目をみれば、驚くほどの激情をおさえているのがわかる。
父にいたっては、私以外誰もそばにもよれない。
予測されたのは、大国ラージス帝国の即位したばかりの新しい王ジェイムズ三世が中央神殿、及び、このニルガ傭兵団をつぶしにかかるだろうということ。
どちらに先にその矛先が向かうにしても、真っ先に考えられたのは、私という存在を隠すこと、守る事。
一国を相手にするのは何度もあったが、私を隠すほどの、それほどの相手と戦うのは初めてのこと。
早ければ早いほど良い、そういったナンのかみしめた唇からの説明を受け、その時集まった幹部の、いつもと違う、あのギランでさえ静かに佇んでいた、あの空気に漂う幻の血臭は、彼らの誓いだったのかもしれない。
その日から父の目には、誰も目を合わせられないほどの、人ではありえない色があり、そして片時も私から離れなくなった。
そして、離れる時は、私の準備をマーサ達と進めていたり、幹部たちと話し合っている。
ここにいて、私に蹴られてニコニコしている、ギランは別だけど。
ギランは私にこの短剣セットをくれるらしいが、市井に隠れるもうじき九歳になる女の子が、こんなものを持って行っていいのだろうか?
ナンは即効性の毒薬や、しびれ薬、妖獣を呼び寄せる媚香やらを用意してくれた。
ルークは私でも殺せる秘功の数々、一枚の紙でも相手を殺せる方法やらを、何度も私に教え、確認にくる。
シーガの爆薬や手投げ弾は、きっちり持ち帰ってもらったが・・・保管に自信ないもの。
シーガ泣いてたなあ。
傭兵団で育った私は九才の女の子の感覚が、いまいちわからない。
父に聞けば、私の身を守る方法はいくつあっても足らない!と断言され、ルークは一人二人簡単に殺せる方法は常識です!と、何を言ってるのかと、ため息をつかれ、シーガは・・・落ち込んだままだ。
嬉しそうに刃を磨くギランは、
「いまどき、こんな短剣セットは、なかなか手に入らないよお、しかも暗器隊お手製、リーナ仕様だもん。」
「ほら、これは飛び出すんだよ。これで目を刺したら、イチコロだからねぇ。それと・・・」
と、一つ一つ説明してくれるが、ほんとに九歳の子が持っていても、普通なのか疑問を投げかけると、
「やだなあ~。じょーしきだよ~、ちっさい女の子の持ち物の基本中の基本!」
と、あまりにもきっぱり、目を輝かせていうので、しぶしぶ受け取った。
もうじき、この砦をでる私は、あの一夜の集会で、たった一言みなに告げた。
「早く迎えにきて!」と。