第15話
はい、つづきます。
リーナは父の肩に頭を乗せて、黒い煙のあがる常夜館の方をみていた。
当たり前にわかっていたはずだった。
ただ、そう、ここは長くいすぎて、コウもいなくて、散歩でもらった果物がおいしくて、それから、それから・・・、ああ、青空も綺麗で・・・。
だから、ライナのそばかすだらけの顔や、あの赤い髪も可愛いな、と帰り道で会った時思ってしまった。
だから、ライナが何故かまぶしくて、お話したい、って思ってしまった。
そして、お話したら、手をつなぎたくなって、もっとおしゃべりしたくなって・・・。
本気で私がそう思ったから、だから、ライナは死んじゃった。
油断するといつもこうだ。
髪を撫でる父は何もいわない。
私の犬のぬいぐるみに綺麗な首輪をつけてくれているルークも何もいわない。
ちゃんと、二人とも私が今、何がおきたか理解している事を知っているから。
あの、馬鹿ギランのいたところで、自分の嬉しい心を悟られた段階でアウトだった。
ううん、違う、ギランがいなくても、いつかは同じ事だった。
ただし、ライナは死ぬ必要までは、なかった。
ちょっと、痛い目はみても、私とライナに納得させればいいだけのことだった。
「近づくな!」と。
それを、あの女が台無しにした。
ライナは手のひらに、警告を受けただけで終わるはずだったのに、あの女がくるまでは。
私がなんのために、「ギー」と呼んだのか、私が何のためにギランに了解の言葉を送ったのか・・。
あの女は、全てをダメにしたのに、最後の最後まで自分が何をしでかしたのか理解せぬまま、助けばかり求めていた。
私が父に求められて選ぶ女は、いつも6番目に並んでいる女を選ぶ。
だけど毎回、すぐ殺されちゃうし、今度みたいに調子がいいと思えば、こんな事をしでかす最悪の女だった。
「これからは10番目を選ぶ!」
私が憮然として父にいうと、父はおもしろそうに目で笑った。
「笑うのやめてちょうだい!ルークもよ。」
ルークに至っては、肩を震わせ笑いを隠そうともしない。
「父さま!笑うなら、もう選んであげないから!」
そう言う私に、
「お前が久しぶりに気に入った子をみてみたかったな。珍しいからね。」
そういって、私の髪に口づけを降らせて、
「どうせ壊すおもちゃだ、愛しいリーナに選んでもらうと、壊しがいがあるからね。」
「つい、いつ壊すか考えると笑ってしまってね、今回の6番目は私が笑う度に顔を赤くして、ちょっと純な所をみせるものだから、壊す時を楽しみにしていたんだけどね、ギランにもっていかれたなあ。」
そういって、リーナの頬に自分の頬を合わせると、
「さあ、機嫌を直して、おいしいスコーンがもう少しで焼けるようだよ。」
お茶をもらってこよう、そういって部屋を出て行った。
リーナに、小さな宝石で飾られた首輪をつけた、犬のぬいぐるみを渡しながら、ルークは、
「本当にリーナは可愛いね。時々する、こういうミスも愛しいよ。」
「私がやるなら、ギランほど優しくないからね、その子もギランで良かったね。」
「ボスなら・・・、考えたくもない。」
そういって肩をすくめると、リーナを抱き上げ、ほら、高い高いをしてあげる、と、わきの下に手を入れて、くるくると回転をしはじめた。
きゃっきゃと笑いながら、リーナは、もっと幼い時の、ルークがいうことの「ミス」について考えた。
はじめての覚えているミスは、3歳くらいの時、今思えば、あれは乳母と、その乳兄弟だった。
父が迎えにきて、はじめてお仕事につれていく、といわれた。
私は、いつも乳母と、お兄ちゃんと一緒だから、離れたくないといってしまった。
父に乳母たちが好きか、と優しく聞かれ「大好きだ。」と答えたのは今でも覚えている。
そのあとの事は、赤い血と共に忘れている事も多いが、乳母と共に暮らしていた村は、その時、乳母と乳兄弟の命と共に消えてしまった。
父に連れられ、転々としていた時も、普通に同じ年頃の子供たちと遊ぶようになり、そこを離れる時に仲良くなった子たちが、リーナが心を許したせいで、何人も何人も殺されていく、というのを繰り返していった。
いつか、リーナは泣きながら、心を隠すことを覚えていき、周りを自分から守る術を身に着けた。
今では、リーナは、心を表に出さない事を当たり前にできるし、それになぜリーナにそれが必要かはわかっている。
自分が、この傭兵団にとって、心の壊れた、どこか欠けた男達にとっての人間としての、最後の何かになっていて、父と共に彼らの心の寄る辺になっていることも、そして、それゆえ、この傭兵団の最大の弱点にもなっていることを知っている。
何かがおこったら、自分以外をちゃんと切り捨てることができるように、この傭兵団でさえも。
みなが、そう考えて行動しているのもわかる。
幼い時、父の膝で何度も何度も言い聞かされた言葉がある。
「かわいいリーナ。愛しいリーナ。」
「お前の、その小さな手も足も、そのお目目も、全て沢山の命で生きているんだよ。」
「お前のために、もっともっと沢山の命を奪おうね。」
「お前の目に映る余計なものは、全て滅ぼしてしまおうね。」
「沢山の、それは沢山の命を奪うリーナは、もっともっと、その命の上で生きなきゃならないんだよ。」
それは、それはうっとりと、蕩ける笑みを浮かべながら、よく父は私に語りかけた。
幼い私は、それを聞くと、大切だと思った遊び仲間のあれこれが浮かび、彼らの悲鳴を思い起こし、今でも涙がこぼれる乳母の笑顔を思いだし、少なくとも、私が「生きる」ことが大事なのかと、父に宝物のように抱かれながら思ったものだ。
ただし、あのギランだけは、素の状態でやっている気がする。
いや、ギランだけはない!
そう思い思わず眉をしかめる私を、ルースが
「俺に抱かれているのに、他の事を考えるのは、なし、だよ。」
と、それはそれはいい笑顔を向けてくるので、思わず背中が震え、父の元に大急ぎで避難した。