第14話
終わらなかったので・・・。
ギランは手にわずかばかりついた血をなめながら、
「だ~れがころしたあ~♪♪フフンが~フ~ン♪♪♪」
と、勝手に節をつけて繰り返し歌いながら、気に入らない女の元に戻った。
女の顔はあまりに情けなくて、思わず眉をしかめたが、その必死な様子に、思わず笑ってしまった。
自分はめったに怒らない超絶優しい男だが、この目の前の女は、俺の大事な大事なリーナに汚い感情を向けた女だ。
本当に久しぶりに壊れるかも、とチラっと思ったほどだったが、苦手なルークの声を聞いて、あっ、この男は、絶対あとでバカにしてくる、笑う気だ!と確信した途端、いつもの、遊びに戻る事ができた。
自分だって、リーナには甘いくせに、と、頭の中でルークを数回殺し、溜飲を下げた。
さて、と、再び女に目をやった時、上の階から、ぞろぞろ部下たちが下りてきた。
「ん~、おまえら、早すぎ~、早いのはもてないよぉ~。」
と、いいながら、先頭の男に投げナイフをプレゼントするも、慣れたものでひょいっとかわす。
「どわっ!」「ぎゃっ!」と後ろの男たちも、続けて投げられるそれをかわしたり、逃げきれずかばった腕にナイフがささったりと、大騒ぎになる。
そして、何故かその勢いのまま、ひと塊に、やいのやいのと騒ぎながら、出て行ってしまった。
それにレイナは、何がおきたのか理解できず、茫然とした。
体に力が入るせいで、したたる汗や涙が、己の喉を貫く銀色に光る刃の、肉から飛び出ている部分に落ちる度に、何度も息をとめては、絶望し、何の変化もないのに、鼻からそっと息をはきだしホッとするのを繰り返していた。
怖くてつばを呑み込めないので、口から血液交じりの涎をたらしながら、ただ、それも、もう限界にきている事は自分でもわかった。
壁に貫かれている為、同じ姿勢でいる限界が体を支える足にきていた。
本当に何がおきたのかわからない、何もわからないまま、このまま死ぬのか。
死にたくない、死ぬのは怖い、と、その思いで頭の中はいっぱいになる。
ぷるぷると震えはじめたふくらはぎを絶望的に感じた時、その音が聞こえた。
扉を開けて入ってきたのは、ここで2つの娼館を経営している、50過ぎの女マーサだった。
「やれやれ、とんだ騒ぎだ。お前は自分のせいでどんだけ、この私が損したかわかるまいねえ。」
「この分じゃ、館の人間は一人残さず殺されちまってるねえ」
「こらこら、いっただろ!ここで働きたきゃ、愛想よくしなってさあ!そんな顔はおよし!」
「しかたないねえ、また一からやり直しだ。」
そう、ぶつぶついいながら、女たちの部屋に金目のものは残ってないか、上の階に上がっていった。
残されたレイナは、もうあとわずかで、自分の足が、この体勢に耐えられず力尽きる事がわかった。
つい、さきほどまでは死にたくない、という思いでいっぱいいっぱいだったのに、急にシンとした気持ちに落ち着いて、あっという間に殺されたみんなと、死ぬ瞬間にも忘れ去られている自分と、どちらが良かったろう、と、ふと思い、それもどうでもいいかとまた考え、喉のナイフを確かめると、あれほど怖かったそれを思い切り引き抜いた。
壁にめりこんでいる分、レイナの力では一度では抜けず、動かすたびに、あふれる口と喉からの血を、何故か痛みも麻痺したまま、何も考えずに倒れながらみていた。
その赤色の中に、懐かしい生まれ育った、あの町の風景が次々と浮かび上がり、自分を好きだといった幼馴染が笑いかけ、優しい両親が腕を広げて待っていた。
「ああ、やっと自分は帰ってこれた。」
それが彼女の最後の思いだった。
マーサは本当にやれやれだ、と肩を落とし、一階に戻ると、床に倒れているレイナをみやり、肩をすくめると、リーナ様の「ナ」を全ての女につけて、傭兵達を喜ばしてみても、勘違い女一人いたおかげで、全てパーだ。
次の店は「リー」でいこうかねえ、とつぶやいたが、リーじゃ露骨すぎて、お怒りを買うかもしれない、と思い直し、傭兵隊のリーダーの顔を思い浮かべ、クワバラクワバラと頭を振って、館に火をつけて、出て行った。