第13話
続きです。
髪の毛を引っ張られる痛さに、いつのまにか床におろされて、顔をあげられている事を知った。
レイナがいぶかしげに、目の前の顔をみるのと同時に、男が、後ろを振り返り、手を振った。
それと同時に傭兵達の奇声があがり、今までの静けさが嘘のように、娼館である上の階に、我さきへと駆けていなくなった。
目の前の男は、相変わらず何も話さず、ギリギリとつかまれる髪の痛さにレイナはうめいた。
混乱するレイナの耳にそれが届いたのは、すぐだった。
物の倒れるような音、割れるような音。
男達の「そっちだ。」だの、「こっちだ」だのの声。
そして、合い間、合い間に聞こえる女達の絶叫。
絶叫?不思議に思い、ぼーっとする頭に活をいれ、いまだぼやけたように聞こえる、おのれの耳に集中する。
男達が上に向かったのは、女達を抱くためではないのか?
時々、金を稼ぐために、腕に覚えのあるよそ者のグループがこの砦に入りこみ、ついでとばかり娼館に乗り込み、金も払わないで、女達を抱こうとする事がある。
もちろん、ここはニルガの拠点であり、そんな馬鹿な輩は、すぐさまニルガの男達にやられて終わる。
レイナは、はじめ上に向かうそれをみて、相手はニルガだ、誰も止めない、みんな、ただ働きになるなあ、と頭の片隅でぼんやりと思ったのだが、聞こえる、その声は、色っぽいそれではなかった。
何がおきてるのかと、目の前の男をみるが、その瞬間、激しい痛みに襲われ目を見開いた。
男がいつ取り出したのかわからない、その細身のナイフは壁に、レイナの喉を貫いたまま刺さった。
何?なに?驚愕のまま痛みの元に、恐る恐る視線をやると、自分の喉に刺さるナイフに、思わず手をかけようとした。
その手を抑えられて、本能のまま暴れようとすると、男が声をだした。
「動くと、刃がずれてしんじゃうよ~。」
「おれってば、ちょう天才だからあ、血もまだでてないっしょ?」
「ねえ、喉ってやっかいなんだよお。」
「ちょいとずれたら、一発でぴゅっ~てなっちゃう。すんごい飛んで誰に一番かかるかって、ゲームしてもおもしろいかもだけど。」
「みんないっちゃってるから、それじゃあそべないし~、血がつまって死んじゃうのって、みてても楽しくないし~」
「そのまま、おとなしく動かないでてね~。」
そういいながら、食堂でひと塊りになっていた男達の元に向かう。
男達は逃げようにも、体がいうことを聞かなかった。
彼らとて、この砦に住む者たちだ。
人の一人二人殺したところで、ここでは、日常茶飯事であり、ある程度のタフさを自認もしていた。
昼近くにやってきた、この男達とは陽気に酒を酌み交わし、馬鹿話をしていたはずだった。
「ほんと、くら~い奴ばっかで、根暗って、あ~ゆ~のゆうんだよねえ。」
などと、この目の前の男が、今までいた傭兵の悪口を、それは、おもしろおかしく、あの時はこうだった、などと、いろいろなエピソードを聞かせてくれて、悪いとは思いつつ大笑いしていた。
それがどうしてこうなった、どこから狂った、あの馬鹿話をした陽気な男のかもしだす雰囲気に体は震え、声を出す間もなく、男の取り出した2本の短剣によって、あっという間に、自分の体が沈み込むのを、その鋭い痛みを最後に、男の意識はとだえた。
レイナは必死にピクリとも動かないように己の手に力を入れ、あふれる涙も、それがナイフにかかったらと思うと、恐ろしく、それはそれは必死だった。
食堂にいる者達を、あっという間に2本のナイフでほうり、目だけを血走しらせて、極限まで見開いたレイナの元にくると、男は笑った。