第11話
もう少し過去編です。
リーナは、だからギランが一番の天敵なんだと改めて認識し、翼狼のコウに匹敵するカンの良さにあきれ、中に入ってから初めて声をだした。
「ねえ、ギーてば、いつも手ごたえがないって、自分のせいじゃない?」
「いっつも新しい短剣試したくて、それを幾つも持ってくし、ギーのところの暗器隊は、みんなそんな感 じだもの。無理ね。」
と、あきれたように言ってやった。
案の定、周りからは、
「ちげーねー、嬢ちゃん、もっといってやれ!」だの、
「うちらは、好奇心のかたまりなんだ!」だの、男たちのヤジと笑い声にあふれる。
ギランは、リーナをまた、ぎゅっと抱きしめると、
「ね、ね、ギーって呼んで、呼んで。久しぶりに会えたんだよ~。」
「なんか、おれ、これで、元気がでるかも~。」
とニコニコし、それを聞いた男たちの何人かは、信じてもない神に祈りを捧げる真似をして、隊長に元気なんて、と、震える真似までしはじめ、それがまた、9割以上本気で恐れていることを知っているみんなは、それを大爆笑した。
その時、そんな空気を破る女の大声が響いた。
下働きの娘があわてて、レイナを呼びに行き、何事かときてみれば、大勢の傭兵たちの笑い声と、その中心にいる細見の背の高い、優しく整った少し垂れ目の顔の男が、グレンの娘を抱えながら、情けなく眉を下げている場面にでくわした。
何をあわてて、と思って、下働きの娘を叱りつけようと振り返ろうとした時、血の色が目の端に映り、何がおきているかを瞬時に悟った。
なに、なんで笑っているの、ライナが声もでなくなっているのをみ、まるで、そこに何もないかのように大笑いしている男たち、足で踏みつけている男に抱え込まれながら、首をかしげて、あどけなくしている、愛しい男の幼い娘。
砦に住む、ここの常連たちは、顔を青くして、いつのまにか寄り添って、出るも動くもできず、棒のように立ちすくんでいた。
レイナは思わず、
「あなたたち、なにをしてるの!」
と大声で、怒鳴りつけていた。
そして、うずくまるライナの元にかけより、男の足に手をかけた。
それをみた細見の男は、
「ねえ、おねーさん、誰が無断で触っていぃ~っていったあ~。俺いってないよねえ~?」
と、不思議そうに首をかしげ、
「俺ってば、基本ちょう優しい男だけど~」
と、ヘラヘラ笑いながら、次の瞬間には、思い切り、その足で振り仰いでいたレイナの顔をけりとばした。
蹴られたレイナは、おびただしい血を、顔を抑えた両手からあふれさせ、一瞬気が遠くなり、耳がガンガンし何も聞こえなくなった。
痛いというより熱さと息苦しさに気を失うこともできず、スカートの裾で顔をおさえ、やっと、目をあげると、先ほど蹴った男が、
「も~、めんどくさいなあ、こいつのせいで、おれってば、変な奴にさわられちったわけ~。」
「ありえないから~、も~。もてる男はつらいよね。でも、だいじょーぶだよ、安心してね。俺ってば、リーナ一筋だから!」
そういいながら、やっと離れた足から、手を庇い震えるライナに、、いつのまにか懐からだした太い針のようなナイフをなげつけた。
何がおきたかわからないライナは涙まみれのままの、ポカンとした顔のまま、胸にはえるそれをみ、手に刺さる破片をみて、それをとろうとする仕草をし、やがてそのまま崩れおちた。
それをみたレイナは、声をだすことさえ忘れ、そのまま後ずさると、逃げようとしたが、鼻や切れている口からの出血や痛みに、自分の売り物の顔を傷つけられ事にやっと思い至り、激しい怒りに我を忘れた。
「あんた、おかしいよ、この子が何をしたっていうのさ!」
「この子はまだ、ここにきたばかりなんだよ!そ、それを殺しちまうなんて!」
流れる涙もぬぐわず、熱さより痛みにジンジンしはじめているのも今は振り払い、男をにらみつけて声を荒げるが、男はこちらも見向きもせずに、腕の中の子供をみつめ、
「ほんとだよ~、リーナが一番、リーナだけだよ~。」
と、もう一度ギーと、めったに呼ばれない愛称で呼ばれたくて、必死におねだりをしていた。
こんな時にと思い、また相手にされてない、というのがわかり、思わず怒りのままレイナはいった。
「あ、あんたなんか、グレン様に処分してもらうんだから!」
「あたしは、今グレン様の女なんだからね!」
そういった時、あれほど騒がしかった食堂が、一気にし~んと静かになった。
ギランは初めて、レイナをみた、という風に首をかしげると、腕の中のリーナをテーブルに下し、ゆったりと、レイナの方に向かってきた。
レイナはそれにあわてて、逃げを打つ体と心に、そうだよ、本当にそうだ。
げんに、グレン様は、あたししかベッドにいれないじゃないか、そりゃあ、まだ抱いてはいただいてないが、じきに抱いてくれるはずだ。
みんなも、そう言ってる、グレン様のお気に入りだって!
そう思い直し、ぎゅっと手を握り、男をにらみつけた。
「ふ~ん、ボスのねぇ~。」
そう首をかしげて、レイナをみて、レイナの側によると、その長身をかがめて、レイナの顔のそばまで、自分の顔をよせた。
「ウェ~、ばっちいよ~、コノコ血だらけじゃ~ん。」
と、手をふり、後ろを振り返ってリーナに声をかけた。
それを聞いたレイナは、
「あんたが、あんたが、やったんじゃないか!」
と、また怒りのあまり大声をだした。
それに、また、ふ~んといい、戻ろうとするのに、レイナは声をかけられていたリーナに思わず、
「リーナ様も、なぜ、お止めしてくれなかったんです?ライナは先ほど、頼んだものを届けてくれながら、リーナ様と一緒に帰ったと笑って話してくれました。私にだけは内緒だけど、と教えてくれたんです。」
と、いった。
レイナが、リーナの名前を出した途端、男の足が止まり、食堂の中が更に異様な雰囲気に包まれた。
一般の男たちが立っているのも困難なほどの。
それを浴びて、さすがのレイナも青い顔をさらに青くした。
間違ったことは言ってないはず、それが急に、これはなんだ、と混乱していると、目の前に影があった。
それは先ほど歩み去ろうとしていた男で、一瞬の間もなくレイナの側に戻り、そして気が付けば、首を片手で持ち上げられ、つるされていた。
そして、はじめて、笑ってない男の目をみて、先ほどまでの、ゆるい垂れ目が、底知れない闇のまた闇の吸い込まれそうな地獄の眼をしているのを知った。