第10話
めんどーな奴の足音が・・・。
その日、朝からリーナは機嫌が悪かった。
お気に入りのピンクのワンピースの襟元のレースがほつれていたし、相棒のコウとこんなに離れているなんて、初めてのことで、とても寂しく感じたから。
父にコウのことをいえば、何とかしてくれるのは、わかっていたが、リーナは6歳とはいえ、何事も隠されずに育ったこともあり、同じ年の子と比べ、それをいえば、何がおこるか、ちゃんと理解していた。
機嫌が悪いこともあり、朝食は父ではなく、副長のルークに食べさせてもらっていた。
父にも皆にも、それでリーナが機嫌が悪い事は伝わった。
ルークは始終ニコニコと、リーナの口元に食事を運び、父グレンをチラっとみては、意味深に口元をあげ、また、リーナに食事をさせるということを繰り返していた。
グレンは、そんなルークを、ひどく物騒な目でにらみ、ニーナに、
「どうしたのかな?父さまの大事な大事な宝物さん。さあ、父さまに話してごらん。」
「何が、かわいいリーナをおこらせたのかな?」
「何が、かわいいリーナを悲しませたのかな?」
教えておくれ、と、じっと手をテーブルの上で組んだまま、食事には手もつけずリーナを見つめ続けていた。
グレンのそんな言葉は、しわぶき一つ聞こえない朝の食堂に、静かにいきわたり、食堂にいるものは、
まるで嵐が過ぎ去るのをひたすら待つように、自分の息すら殺して気配を消していた。
リーナは、そんな雰囲気に無頓着に、遊びにいく、と告げ、そのまま食堂を飛び出した。
自分でも八つ当たりだと自覚しているリーナは、お昼には父さまに、う~んと甘えて、それで買い物に連れていってもらって、そして、そして、ちゃんと我慢するんだと思っていた。
砦の中にある、いろいろな迷路のような道や、沢山の店、リーナはここを、ナンたちに連れられて、最初の内に覚えさせられた。
ナンの合格がでるまで、リーナに甘い父でさえ、リーナを外に出すことはなかった。
リーナは、この迷路のような建物を今では自由に歩き回れるし、人々も、そんなリーナに売り物の菓子や、果物など気安く声をかけ、くれたりする。
勿論一人の時に限ってだが。
常夜館にもどる途中、買い出しに出ていた常夜館の女、ライナにあった。
まだまだ、かけだしの娘だと、誰かがいっていたのを思い出したリーナは、そばかすまじりの、くすんだ色合いの、まだあか抜けない赤毛の娘が、みなに頼まれたのだろう化粧品をかかえて歩いているのに、声をかけた。
はじめは緊張していたライナだったが、あどけなく打ち解けてくるリーナに、すぐに緊張を解いて、二人だけの時は、仲良くおしゃべりをするという約束を、いつのまにかさせられていた。
常夜館に帰り、食堂に入ると、父とルークはおらず、代わりに、天敵といえるギランがいた。
確かギランの隊は仕事に出かけていて、こちらの砦にくるのは、はるか遅れると聞いていた。
リーナが裏町あたりを探検している時にやってきたに違いない。
知っていれば、上の部屋でおとなしくしていたのに、と、やはり今日はついてないなと、リーナは思った。
既にギランの隊は飲めや歌えの大騒ぎになっていて、砦にもともといた傭兵やここの男達と、それは仲良くどんちゃん騒ぎをしていた。
父やルースにしても静かに飲むので、自然ここしばらくは、静かな食堂だったが、ギランの隊は隊長のギランをみてもわかる通り、静か?なにそれ?の連中ばかりで、隊に入るには、まず一発芸が必要らしいと、まことしやかに噂されるほどの、お祭り好きばかりだ。
リーナが姿をみせると、めざとくギランがやってきて、ひょい、とリーナを抱き上げ、窓際のテーブルの上の大皿やコップを手で払いのけ、それが割れるのも気にせずに、そこにリーナを抱いて腰かけ、
「嬢ちゃん、聞いてくれよお~。ほんと、とんでもない仕事でさー、名のある盗賊団だというから、楽 しみにでかけたのに、これが腑抜けばっか!」
「いろんなの用意していったのに、油ダルだって、ナンの奴に、さんざ馬鹿にされて用意したのにさ、 それと杭裂きでしょ、それにケレンの花も。」
「み~んな、使わないうちに、しんじゃってさー、ほんと、こんじょなしの奴らでさ~。もうちょっと こちらに付き合う気遣いってゆーのみせてほしかったよぉー。」
大の男が、リーナの肩に頭を乗せ、いくら嘆いても、特にケレンの花というのは、血の通った生き物とみれば、その蔦を伸ばし柔らかいところから食い荒らす、花に擬態する単細胞獣で、食い荒らした死体からも、すぐ増殖するので、ケレンの花は最重要警戒種とされ、そんなものを、どうやって持ち込んだのか、それより、放したが最後、敵も味方も阿鼻叫喚の地獄をみるだろうし、そこの地域は、その後いわんながやの、生きたもののない恐ろしい地域へと変貌を遂げたはずだ。
リーナは嘆くギランをみて、この男はやる、おもしろければやる男だ、とそう思って冷たい視線を浴びせかけた。
きっと本気でケランを放す気だったろうと思うと同時に、この歩く厄災が、なぜ父の信を置く隊長の一人なのかと、いつも思う疑問をまた心に浮かべるのだった。
テーブルの下の割れた食器や食べ物を片付けるため、下っ端の女たちが、あわてて2~3人やってきたが、その中に、先ほど一緒にもどったライナもいた。
リーナが表情をゆるめるのをみたギランが、何でもないように足元の皿を、ちょうど片付けていたライラのその手を、まるで足を組み替える気軽さで、その靴で思い切り踏みつけた。
ライラは悲鳴をあげ続け、ギランの足でみえない、ライラの手があると思われるそこからは、大きな血が広がっていった。
ギランといえば、リーナにいまだ愚痴をこぼし続け、その足が更にライラの手のひらを踏みつけているのを、知らんふりだ。
片付けに来た他の娘たちや、一般の男たちは、先ほどまでヘラヘラ笑って、きさくに、酒を酌み交わしていた男の突然の変貌に顔を青くし、他の傭兵たちをすがるようにみるも、誰一人こちらに関心がなさそうで、娘と踏みつける足をみながら、どうしていいかわからず、おろおろしていた。