第9話
キャシーは、ケルダス南部の小さな町で生まれ育った。
両親は、小さな小間物や、繕いもので生計を立てていた。
この町より他を知らないキャシーは、何の不満もなく、他の子達とカスの木の下や、小川のほとりで、おしゃべりしたり、年に一度の豊穣祭で、夜遅くまで、この時ばかりは遊ぶのを何より楽しみにしていた。
母譲りの濃い金髪と、父譲りの碧色の目は、その小ぶりの顔と相まって、この町一番の美人だと、みなほめてくれたし、自分でも男の子達の視線が自分に向けられるのを、恥ずかしかったり、ちょっと、嬉しかったりした。
キャシーが十六になった年の豊穣祭は、とりわけ特別なものになった。
その年訪れた旅芸人の中にビートという、わずか二十歳を超えたばかりの、ナイフ投げの男にキャシーは夢中になり、わずか五日間の滞在のうちに、身も心も奪われていた。
町の者も、両親もそんなキャシーを諭すが、キャシーの耳には何も入ってこなかった。
ビートの、俺はいつか絶対成功してみせる、という言葉に、キャシーは涙を流し、共にいこうという誘いにもまた、涙を流して喜んだ。
両親は、心ここにあらず、というキャシーに心を痛めていたが、豊穣祭さえ終われば、いなくなる男だと、町のみなには話し、よそ者の男に対し苛立つもの達にも、落ち着くよう話していた。
キャシーの住んでいた町は、いい意味でも穏やかな町だった。
豊穣祭当日、町のものも、両親もピリピリしていたが、キャシーが女友達といて、ビートのそばに寄る気配もなかったので、夜半に娘たちが家に戻るのを確認すると、やっと無礼講で酒を思い切り飲み、豊穣祭を祝った。
キャシーとビートの姿がない事に、大騒ぎになるのは、翌日の朝、遅くになる。
町を飛び出して数か月がすぎ、3つ目の大きな街についた時、キャシーは、ビートに売られた事を知った。
泣いて泣いて、怨んで怨んで、絶望のあまり命を絶とうとしたが、いつか優しいあの町に帰る事を夢見て、歯を食いしばって男たちに抱かれた。
一夜ごとに、あの町に、懐かしい友に両親に会えるのだと考え、誓いを新たにし、憎い男どもに抱かれ続けた。
そんな自覚を強く持つキャシーは、他の死んだ魚の目のような、あきらめきった多くの女とは違い、若さからくる、その輝きと、そのしたたかな矜持でもって、あっという間にトップへと躍り出て、わずか二年足らずで、その娼館のトップにたった。
そして、また一年、そこで過ごすうちキャシーを身請けしたいという男があらわれた。
十五も年上の働き盛りの商人で、大陸のあちこちで隊商を組みながら商いをしている男で、はぶりがよく、ここでは大層人気があった。
さすがにキャシーも、もはや自分が、あの町へは戻れない事はわかっていた。
自分の体には、もはや、とりきれない夜の匂いが染みついている。
ならば、思うがままに贅沢に、あの町では望めないような生活をしてみせよう、あの町にいたのなら、知らなかった全てを手に入れよう、キャシーは、その男ハリーの身請けを受け入れた。
深い哀しみに反比例するように、キャシーは贅沢に溺れていった。
キャシーを心から愛する男は、より稼ぐために、今まで以上に働いた。
そんな中ケルパ砦の噂を、ある筋から聞き、そこに金の匂いをかぎ取った男は、隊商を整え香料や織物などを表向きに装い、片時も離さない、キャシーも連れてケルパに向かった。
ケルパ砦についた翌日、白昼堂々、男と隊商はあっという間に襲われ、そして今自分はここにいる。
今にして思えば、あの男は、まともな商人すぎた。
ここで「まとも」とは、いいカモと同義語だ。
そして、自分も、また振出しにもどり、「レイナ」として、この娼館で働いている。
この娼館は上がりの一部を収めるだけで、基本、自分の取り分は確保されているし、働く女たちも、そのせいか元気があり、食堂の手伝いも別口でやっている。
自分も、もうじき一年が過ぎようとしていた時、それはおこった。
この砦の支配者であり、この大陸一のニルガ傭兵団のトップと、幹部達が、しばらく逗留するという。
早速、傭兵達がここに転がりこんできたが、なかなか上の者たちはやってこなかった。
女たちはキャーキャ騒いでいたが、楼主がやってきて、傭兵達には気を付けすぎて、すぎるくらいでよいと恫喝し、しばらくは収まっていたはずが、とうとうボスたちのおでましに、みな自分に声がかからないかと、固唾をのんで見守っている。
団長のグレンはさすが、噂通りの迫力のある美丈夫で、いろんな男をみてきた自分でさえも、思わず見惚れてしまったし、他の幹部といわれる男たちも、他の傭兵に比べると雲泥の差があった。
そのグレンは、驚くほどの子煩悩ぶりを発揮して、そのまま娘を抱き上の階に向かっていったが、女たちは、皆その姿から目を離せなかった。
そんな中、自分が指名された事を知り、他の女の妬みを背に受け、特別室に声をかけると、部下の男が中に通してくれた。
そうして、何度かグレンのベッドに呼ばれたが、グレンは決して娘を離さず、また、自分を抱くことはせずに、ただ奉仕をさせるのみだった。
時折チロッと最後に自分をみる時があり、その時の、何か唆すような視線に、自分が溺れていることを、いつしか、この冷たい男に溺れていた自分を知った。
奉仕が終われば、すぐさま部下の男に連れ出され、聞く声といえば、娘への甘い声か、凍てつく命令の声。
けれど、少なくとも、この男は私以外を呼ぶことはない。
呼ばれれば、この身の全てが熱くなり、呼ばれない日は他の女が呼ばれていないかと、身もだえし、それがないとわかると、安堵の涙を流した。
皮肉なことに、そんな自分は、ますます妖艶さが増し人気が上がっていく。
周りの目ざとい者が、こんな私に、確かに寝室に呼ばれる女は今のところ、私のみだから、貢物を欠かさなくなり、このひと月で、一財産に匹敵するものを手に入れた。
表だって、私を特別扱いするものも出てきたが、あの男も部下たちも、それについては何もいわない。語らない。
いつしか私も、この愛する男の特別なのではないかと、願い、そして思い込んだ。