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心の花  作者: そら
第1章
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プロローグ

改めて、はじめました。

携帯版で一度だけ投稿したんですが、次話投稿の仕方が「なに、それ」で挫折。

パソコンならどうだろ?で、はじめました。

大丈夫?かなあ。

 雨は嫌い。そう思いながら、先月13歳になったばかりのリーナ・ウェンデルは、その濃い紫色の瞳をうっすらと開けた。


 今は一年で最も寒い白い月の季節。

 寝台の中で猫のように丸くなって、しばらくまどろみながら、屋根を叩く雨の音や、木々を揺らす風の音を聞いていた。


 外の気配を色濃く感じながら、ああ、なんてここは違うんだろう、そう嫌というほど思い知らされる。

 ギュッと手を握りしめ唇を噛みしめて、思いっきり深呼吸をする。

 しばらくして、落ち着くとリーナはいつもの朝の儀式をはじめた。


 寝台に仰向けになり、再びゆったりと目をつむる。手足の指に意識を向け、それを徐々に肘や膝、背中へと広げていき、やがて全身に行き渡らせる。


 自分の意思がきちんと体に行き渡っている事を客観的に確認して、リーナはやっと寝台からおりた。

 足をおろして、その床の冷たさに、びくっとしながらも、そのまま窓辺までいき、家と向かい合う形で庭にある、土でできたドーム状の半地下の掘り屋を眺めた。


 夜が明けて間もないとはいえ、白い月特有の薄い光が、昨夜から降り続く雨のせいで、いっそう色を無くしている。


 掘り屋には全部で6頭の狩猟獣イサナがいるが、うち2頭はまだ生後半年程の子獣だ。この子獣達は祖父のウォーカーが人間に従順にと仕込み、もうじき新しい飼い主に引き渡される。


 狩猟獣イサナは大型犬程の大きさしかないが、その俊敏さと好奇心、賢さで、一般的に使役される有益獣の一つだ。

 その分厚い毛皮と蓄えた脂肪は、この寒さも、まして雨など関係ないらしく、掘り屋を囲む檻のなかで、じゃれあっていた。イサナ達はみているリーナに気づいたらしく、嬉しそうに一斉にその顔をリーナに向けた。


 祖父の手伝いで時々リーナも餌をやるので、期待に満ちた目を向けてくる。

 残念ながら、今の白い月の季節は、餌は3日に一度なので、その期待には答えられない。その表情のかわいさに、思わずリーナは「ごめんね、明日はちょっぴり多めにあげるね。」と窓に手を当てて小さく声をかけていた。


 ほんのり笑顔のリーナは、その華奢な体と大きな目、肩までしかない黒髪のせいで、いつも年よりも幼く見えた。


 窓からそっと離れようとしたリーナだが、そこにうっすらと、窓ガラスに残る自分の手形に気づいた。

 それを見たとたん、怒りや悲しみ、寂しさなどの感情が、いっきにリーナに押し寄せてきた。


 普段では決して出さない感情は、この降り続く雨のせいなのか、それとも狩猟獣イサナ達をみて気が抜けたせいなのか、リーナにはわからなかった。


 自分の手はいつの間にこんなに大きくなったのだろう、あれから、どのくらいの時が過ぎたのだろう、という激情に近い感情に一瞬にして捕われて、リーナは、ことさらゆっくりと、天井を仰ぎ見た。


 その顔は、先程の表情が嘘のように、年にそぐわぬ、みるものを凍てつかせる凄みと慟哭に満ちていた。

 また、その濃い紫色の瞳は強い感情を映し漆黒に見えた。


 しかし、それもまた、瞬きをする間に、強い意思の力でリーナは自分の中に封じ込めた。


 自分の部屋を見渡し、自分の名前を何度か呟いて、もう一度目をつぶり、年相応の笑顔になると、祖母ハンナの手伝いをするべく、簡素なワンピースに身を包み、階下におりていった。


 リーナが降りていくと、祖母のハンナが、既に台所に立ち、鍋をかきまわしていた。


 部屋も暖炉でほどよく暖まっていて、一刻前にはもう台所に立っていたという事がわかる。


 「おばあちゃんたら、学舎が休みの間は、あたしに手伝いは任せてって言ったじゃない。もう年なんだからね!無理しちゃ駄目よ。」

 リーナが、壁に吊してあるエプロンを取りながら、思わず文句を言うと、ハンナは「今朝はひよこ豆のスープだよ。」と鍋をかきまぜながら、そんなリーナをみて、鼻で笑った。


 まったく、あたしらが子供の頃は、村の長老達や大人から、道の歩き方からはじまって、生きる為に大事な事は、ひっぱたかれながら、泣き泣き覚えたもんだ。

 それがどうだ、今の子供は八歳になったら15になる年まで、学舎で読み書きなんぞ覚えなきゃならない。極めつけは、ごたいそうな学舎に通ってるっていうのに、こうやって挨拶さえできない子供が育っち まう。あ~嫌だ、嫌だねえ。嫌な世の中になっちまったもんだ。長生きはするもんじゃない。

 そう頭を振りふり、愚痴をこぼしてきた。


 リーナは思わずクスクス笑うと「おはよう、おばあちゃん。今日も主神ヤーナの御加護がありますように。」と軽く頭を下げた。

 そして、きょろきょろと部屋を見渡して、定番の長椅子に姿のない、祖父のウォーカーの事を、朝食の準備をしながらハンナに聞いた。


 すると、祖父はサナの森に、隣家のジルスと仕掛けの様子を見に行って、もうじき帰るという。

 隣に住む23歳になるジルスは、隣家の主である薬師のマーサの遠縁の青年だ。

 時々、顔をみせる程度だったのが、いつのまにやら居着いてしまった。


 幾分か暗い金髪の、ひょろっとした長身の男で、同じ学舎に通う友人達には受けが良い。


 もちろん村に住む若い娘達にも、その優しげな雰囲気と、少し下がり気味の眦が、たいそう色っぽいと人気がある。


 リーナにすれば、評判のそれも、だらしなく垂れているとしか思えないし、その優しいと言われる言葉遣いも、ちゃっちゃと話せばいいのに、己が馬鹿だといってるようにしか思えない。


 みんなリーナは、まだまだ子供だからわからないのだと笑うが、自分の理想の男は、もっと逞ましいし、遥かに男前だ。

 何よりその強さや、優しさは半端じゃない。


 祖母のハンナに言わせれば、あんな化け物と比べる方が間違ってるよ、というのだが、リーナにしてみれば、納得できない。


 白い月の季節も、こうやって雪ではなく雨が降り続くようになれば、もうじき終わる。

 その為に祖父達が毎日のように、いろいろな場所をみて回っているのは知っている。


 新たな季節の到来を告げる雨の音を聞きながら、リーナはそっと溜め息をついて、祖母の手伝いに向かった。








「ワ~オ~・ワ~オ・ワオ・ワオ・ワ~オ~」幼い子供の声が聞こえる。

 とても楽しそうな、はしゃいだ声だ。

 何度もあきずに「ワ~オ~・ワオワオ・ワ~オ」と繰り返す。子供がまたがって遊んでるのは、大型の翼狼だ。

 翼狼は、子供が、その背中からずり落ちそうになる度に、その漆黒の翼を器用に動かし、元に戻していた。


 翼狼は、妖魔の中でも、その賢さと邪悪さ、その上、群れで行動する数少ない妖魔の一つとして、このラシェント大陸では、人間達の恐れの対象となっている。

 昨日は何事もなかった、どこぞこの村が、わずかな血の跡を残して、誰もいなくなった、翼狼達の仕業に違いない、とまことしやかに囁かれ、信じられる程に、人間にとっては、一番身近な脅威の一つだ。

 その翼狼の背で戯れる子供の姿は、普通の人間からすれば、信じられないだろう。


 それをみて、そこかしこから、からかいの声がかかる。

 「おいおい、落ちんじゃねーぞ!」

 「すぐに終わっから、いい子にしてな!」

 など、沢山の威勢のある声が、かかる。


 子供はそれらを無視して、再び、「ワ~オ~」と歌いだす。

 大人達が仕事をしている時、特に、赤い仕事をしている時は、いつも子供は一番大きい翼狼の「コウ」の背中か、もっと小さかった時は、その腹にうもれてみていた。


  そうして、いつものように遊んでると、コウが突然、立ち上がった。

 と、同時に瞬時に後ろへと飛びのいた。

 みれば、赤い液体が、さっきまでコウがいた場所にバシャッとかかっていた。

 「わりぃ、リーナ、しくじった。」

 そう謝ってきたのは、赤銅色の髪と顔を、さらに真っ赤に染めたギランという若い男だった。


  そのギランに対して、

 「お前、終わったな。」

 「てめぇ、何してやがる!」

 「見習いから、やり直しやがれ!」

 と、ほうぼうから声がかかり、それと同時にギランに向かって、仕込みナイフが勢いよく数本放たれた。


 それを、器用に体を入れ替えながらかわし、最後の一本は横に飛びのいて、よけた。

 

「いや、マジ悪かったって。つーか、投げんの早かね。せめて、話の後じゃね。」

「普通かこれ?て、なに、もう、何つぎ用意してんのさ!」

「ほら、これ、これだよ。ちょいと新しく作った小刀を試しただけなんだって。」

 研ぎが強すぎたんだな。あ~あれだ、ほれ、あれだ。若いもんの向上心のあらわれ、つーの?この間巡回神官が言ってたよな。大事な事だろが、おい、なあ、と、

 ギランが、頭をボリボリかきながら、態勢を低くして、皆を見渡しながらぼやいた。


 しかも、その後、綺麗に両手をあげながら。

 なぜなら、その時、既におのれの背後を取られ、鋭い刃物の切っ先が、背中に少しずつめり込みはじめ、そこからナイフを伝って、血が腰に滴りはじめていた。

 


 「止めとけ、ルース。遊ぶな。」

 そう、声がかかり姿は見えないが、こちらに、この集団のリーダーがやってくる気配がする。

 その言葉を聞いて、ギランは情けなく眉を下げた。


 ギランの背後にいるルースと呼ばれた銀灰色の髪の大柄な男は、仕方ないとばかりに細身のナイフを袖の下にしまいながら、半回転の蹴りをギランの喉元目掛けて放った。


 それを両肘でクロスして、流しながら、

 「いやあ、喉はだめっしょ、喉は。俺のセクシーボイスに焦がれてる娘は多いんだからさあ。俺が万が一へたをしたら、どうすんのさ!まっ、やられる気はないけどね~。」と、後ろを振り返り、ルースをみ ながらヘラヘラと、しかし、その冷たい目には殺気をこめてギランは笑った。


 しかしそれには、ルースは一瞥もせず歩きだし、

 「そのありがたい巡回神官を、二日酔いに響く声だといってすぐに殺したのは、どこの誰だったかな。」

 と冷気をまとった声をだしながら、自分の手に汚れがついてないかを慎重に確認して、翼狼の元に向かった。


 そして、翼狼のコウの背中から、子供を大事そうに、そっと抱き上げ、

 「ごめんね、可愛いお姫様。」

 「まったく、どこぞの馬鹿のおかげで、汚れるとこだったね。あの馬鹿は当分近づかせないから、安心して。さあ、もう帰ろうね。お仕事は終わりだよ。」

 そう優しく笑いながら、腕に抱えて歩きだした。


 そこへ、「おい、おい、片付けは、お前の担当だろうが。」

 と、先程、割って入った声の持ち主が、ルースの目の前まできた。


 彼はラシェント大陸で、もう一つの国家と異名を持つ傭兵団「ニルガ」のリーダーで、黒い短髪に所々灰色が混じった、30前半くらいの美丈夫だ。


 一度みたら奮える程の男前ではあるが、いかんせん、その、辺りの空気を確実に下げる凄みのある雰囲気のせいで、別の意味で人々を震え上がらせている。


 組織でも、幹部以下副長クラスの者でなければ、直接話すのは暗黙の了解の内に禁じられていた。


 彼はルースに抱かれている子供をみると、蕩ける笑みをみせ、絶対零度の主と言われている人間とは、まるで別人のように、甘い甘い声で、

 「さあ、父さまの所においで。そろそろお迎えの馬車がくるよ。」

 「帰りにロッカの街を通るから、何かおいしいものを買って帰ろうね。ん?、どうした、おいで。さあ、リーナ。おいで。」と腕を広げた。


 リーナはクスクス笑いながら、不満げなルースにそっと下ろしてもらい、大好きな父グレンに思い切り飛びついた。


 グレンは嬉しそうに、その胸に幼いリーナを抱き上げ、しっかりかかえ直し、頭を優しく撫でてから、皆を振り返った。


 振り返った時には、いつもの、いや、いつも以上の絶対零度の雰囲気を醸しだしていた。

 副リーダーのルースでさえ姿勢を正す程だ。


「今日は、中央神殿査察管一行8名と、神殿警備隊護衛40程の仕事だとばかり聞いていたがな・・・まあ、俺の気のせいでなければな。少しばかり、話が違うようだな。」


 今回ニルガが依頼を受けたのは、ラシェント大陸を縦断する大街道ウェスラム沿いの中心都市の一つラグゼの代表キリシュ家からの神殿査察管暗殺依頼だった。


 ラシェント大陸では、各国家を通り越して、都市や街、村に至るまで、主神ヤーナを祀る中央神殿には、毎年、国へ納める税とは別に、一人一人の個人に課せられる頭税というものを、納めなければならな い。

 それは、わずかな金額であるとはいえ、赤ん坊から寝たきりの年寄りまで均等に、それぞれの住む役所に一端納める決まりになっている。


 集めた頭税に対して喜捨金という、神殿からの実質、手数料を、その街の為の福祉基金との名の元、還元する。


 役所といっても、各代表家の私用機関でしかすぎず、大きな都市になればなる程、ばかにならない頭税と喜捨金が入る。

 その、頭税そのものの一部を、闇の元に隠すのも、また、各代表家の手腕といえた。


 そして、それをみてみぬふりをする神殿側は、中央神殿への寄付金を各代表家へ要求してくる。


 きちんとそれなりに年数をおき、各代表家が、順番で寄付をしていくシステムが出来上がっている。


 神殿側も面倒な集金作業を丸投げできるし、闇に埋もれるとはいっても、大陸中から集まる金額からいえば、わずかなものだ。

 あちこちで争い事を起こして、民衆に中央神殿に対して疑問をいだかれるよりもずっとよいし、双方とも、持ちつ持たれつで、上手く機能して、現在に至っている。


 ただし、時たま、中央神殿が己の威光と力をみせしめに使う場合がある。

 それは、大神官の代替わりの時であったり、その地での、新たな家の台東を認めた時などである。


 今回の依頼は、ラグゼのキルシュ家が先手を打って、家の取り潰しを目的とした、査察管一行を、闇に葬る為に依頼をしてきた。

 それは、キルシュ家の力を神殿側に今一度アピールする意味あいも兼ねている依頼だった。


 査察管につく神殿警備隊は、武のエリート中のエリートであり、その一小隊は、国の正規軍の一少隊の数倍の力を持つとされている。

 それを闇に葬りさるには、莫大な金力と力、その後の折衝力が不可欠になる。


 失敗しても、もはや失うものなどなく、成功すれば、まだまだキルシュ家は使えるとの、中央神殿への証明になる。


 この傭兵団ニルガへの依頼は、今回に限らず、仕事内容の裏を必ず専門の諜索部隊がとり、慎重にも慎重を重ね、依頼を受けてきた。


 そして、依頼内容に合わせ、的確に、七つの隊の中から仕事に赴く人間が選ばれ、計画がなされていく。

 その仕事の頭に立つ者も、使う人数も武器さえも、きちんと計算される。


 今回リーダーであるグレンが2つの隊、ギランを長とする暗器隊と、組織の中でも最強を掲げる裂斬隊を連れてきたのには訳がある。


 今回の依頼を受けて調べた諜索隊からの報告は、綺麗な程何も出て来なかった。

 新米の査察管や警備隊の場合、そういう事もあるが、ある程度組織にいれば、何かしら問題を抱えてくるものだ。


 ましてウェスラム街道という大動脈にある大都市ラグゼの代表家キリシュを潰そうというのだ。

 中央神殿もそれなりの準備と、それに見合う人員を送ってくる。


 神殿もキリシュ家が手を打ってくる事は百も承知なはずだ。


 また、国家という枠組みさえ越え、ラシェント大陸に君臨する中央神殿に刃向かう力を持つのは、大陸広しとはいえ、数は限定される。

 そう、このニルガ傭兵団のように。


 そして、ニルガが依頼内容を精査するのは、暗黙の了解で知れ渡っている事。


 今回の、余りにも何もなさすぎる査察管一行の様子に、興味が湧いてグレンは自ら赴いた。


 そして、襲撃してみれば、案の定、査察管どころか、全て神殿警備隊員で、荷物を積んでいるはずの幌馬車の中からは、接近戦用の武装をした、神殿警備兵がワラワラと飛び出る有様だった。

 これが、グレンはじめ、暗器隊や裂斬隊でなければ、さすがに危なかったかもしれないほどに。

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