第30話 隠し階層の爆発罠――エルフ少女、ダンジョン崩壊を防ぐ
隠し扉の向こうは、一段と暗かった。
四階までの通路とは空気が違う。
湿っていて、冷たい。
奥へ行くほど光を飲み込むみたいな闇が続いている。
「……少し待ってください……」
フィーネが一歩前に出て、両手を胸の前に掲げた。
小さく息を吸って、呪文を唱える。
「……ウィル・オ・ウィスプ……」
次の瞬間。
ぽう、と淡い光の玉が生まれた。
それは俺たちの頭上までふわりと浮かび上がり、そのまま静かに停止する。
周囲の闇をやわらかく押し返し、通路全体が見えるくらいには明るくなった。
「おお」
思わず声が出た。
ノエルが得意げに胸を張る。
「照明用の精霊魔法ね。こうやって明かりを出して、術者についてきてくれるのよ。地味だけど、こういう場所だとめちゃくちゃ便利なの」
「助かる。フィーネ」
フィーネは肩をすくめるみたいに小さく縮こまった。
「……いえ……その……ありがとうございます……」
褒められると、毎回こうなる。
嬉しそうなのに恥ずかしそうで、見てるこっちがちょっと和む。
コメント欄もすぐに反応した。
『フィーネ魔法きた!』
『光の玉かわいい』
『便利すぎるだろそれ』
『探索で強いタイプの魔法だ』
『ノエル解説たすかる』
よし。
空気はいい。
「じゃあ進もうか。フィーネは俺のすぐ後ろで、罠の警戒を頼む。ノエルは後ろから撮影を頼む」
「……わかりました……」
「オッケー。まかせて!」
俺を先頭に、隠し通路へ足を踏み入れる。
頭上ではウィル・オ・ウィスプが静かについてくる。
歩くたびに、光もふわりふわりと移動して、暗闇を照らしてくれる。
これは本当にありがたい。
◆
通路は思ったより短かった。
ほどなくして、正面に扉が見えてくる。
古びた石の扉だが、罠がある可能性は高い。
フィーネが前に出た。
扉の表面。
取っ手。
床との境目。
周囲の壁。
ひとつずつ、慎重に見ていく。
「……罠も、魔法回路もないと思います……」
「ありがとう」
俺は扉に手をかけて、ゆっくり押し開けた。
中は十メートル四方ほどの小部屋だった。
何もない。
そう思った直後。
「……あっ! 待ってください……!」
フィーネの声が鋭くなる。
俺は足を止めた。
「どうした」
「……床に、回路が何か所も埋め込まれています……」
小部屋の床を、フィーネが指差す。
俺の目にはただの石床だ。
だが、フィーネははっきり見えているらしい。
「……全部、床から伝わって、天井に続いています……」
「なるほど」
嫌な予感しかしない。
「これは定番の、その場所を踏むと天井が下りてくるパターンかな?」
フィーネが小さく頷く。
「……おそらくは……」
「帰りもある。回路のある場所をマーキングしていこう」
俺はリュックを開けた。
中から取り出したのは、ピンクの蛍光色のテープ。
登山でルート確認に使うやつだ。
四階までの傾向から、罠があること自体は想定していた。
そのために持ってきていた。
俺はそれを五十センチくらいに切って、フィーネに渡す。
「回路がある床に、そっと置いてほしい」
「……はい……」
フィーネはひとつずつ、慎重にテープを置いていく。
石床の上に、蛍光色の目印が増えていく。
闇の中で妙に目立つ。
一か所。
二か所。
三か所。
小部屋の中が、危険地帯の見本みたいになっていく。
全部で十か所。
最後の一枚を置いたところで、フィーネが振り返った。
「……これで全部です……」
「ありがとう。ノエルもこの場所は踏まないように――」
と言いかけて、気づく。
ノエルは小部屋の中で、普通に浮いていた。
「……お前、この部屋だと便利だな」
ノエルがくるりと空中で回る。
「ふふん。天使ですもの」
ちょっと腹立つが、本当に便利だ。
俺たちはマーキングを避けながら、奥の扉へ進んだ。
その先は短い通路になっていて、すぐに下り階段が見える。
「五階か」
フィーネが小さく呟く。
「慎重に行こう」
◆
五階へ下りると、そこはまた小部屋だった。
中央に、宝箱がひとつ。
「罠だな」
「罠ね!」
俺とノエルの声がきれいに重なった。
こういう露骨なのは、だいたいそうだ。
俺は部屋の周囲を警戒しながら、フィーネを見る。
「罠がないか調べてくれるか?」
「……はい……」
フィーネが宝箱へ近づいていく。
まずは外見の確認。
金具。
蓋の継ぎ目。
底面。
周囲の床。
それから、そっと蓋を数ミリだけ開ける。
「……罠がありますね……解除します……」
「頼む」
フィーネは腰の道具入れから、長い金属製の器具を取り出した。
細い針みたいな先端を、宝箱の隙間へ差し込む。
真剣な顔だ。
こういうときのフィーネは、まるで別人みたいに迷いがない。
そのときだった。
ガチャリ。
部屋の奥にあった扉が開いた。
「うぉっ!」
さすがに声が出た。
小柄な影が、何人も、音もなく部屋へ滑り込んでくる。
「……ひぃぃっ……!」
フィーネが悲鳴を上げる。
でも、手は止まらなかった。
宝箱の罠を起動させないよう、必死に踏ん張っている。
偉い。
そして危ない。
部屋に入ってきた連中を、俺はすぐに見た。
身長は一・五メートルほど。
人型だが、身体の造りが不自然だ。
顔は人間に見えなくもないのに、皮膚はツギハギだらけで、目の周囲は不自然にへこみ、黒ずんでいる。
赤い目だけが、ぎらぎらと光っていた。
胸には金属製のチェストプレート。
両手の甲からは、金属の爪が三本ずつ伸びている。
「フレッシュゴーレムか……!」
ざっと二十体。
数が多い。
俺は前を向いたまま叫んだ。
「ノエル、結界を頼む! フィーネは罠解除に集中を!」
「オッケー!」
「……はい……!」
ノエルの声が響く。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
床、壁、天井に光の紋様が走る。
フィーネと宝箱を中心に、何層もの結界が展開された。
それと同時に、フレッシュゴーレムの群れが飛びかかってくる。
ドンッ!!
鈍い衝撃音。
結界に叩きつけられた一体が、歪んだ顔をこちらへ向けた。
それを合図に、俺は剣を抜いた。
一体目。
真正面から飛び込んできたやつの爪を半歩外し、胸元から肩口まで袈裟に斬り裂く。
肉と金属がまとめて割れて、赤い目がその場で消えた。
二体目。
左から低く潜り込んできたやつを、踏み込みながら喉元へ突き上げる。
刃が顎の下から頭を貫き、そのまま壁に叩きつけた。
三体目。
今度は頭上から。
振り下ろされた爪を剣で弾き、体勢が浮いたところを横薙ぎで首ごと持っていく。
ツギハギの胴が床へ転がった。
強くはない。
でも、数が多い。
そして速い。
爪の振りが思ったより鋭い。
一体ずつは軽くても、群れになると面倒だ。
四体目を切り払い、五体目。
結界の側面を回り込もうとしたやつを、踏み込みざまに斜め下から斬り上げる。
胴が開いて、黒い液が飛んだ。
六、七、八。
間合いに入ったやつから順に切る。
蹴る。
押し返す。
九体、十体目。
二体まとめて突っ込んできたところを、いったん下がって誘う。
重なった瞬間に回転斬り。
片方の腕を飛ばし、返す刃で、もう片方の顔面を縦に割った。
「……っ」
息が上がる。
速い。
しつこい。
そして、数がまだ多い。
気づけば何度か腕や足を爪で掠られていた。
浅いが、切り傷が増えていく。
顔にも一筋、熱い感触がある。
それでも止まれない。
十一、十二、十三、十四。
結界の外周を守るように動きながら、前へ出るやつを潰していく。
その瞬間、背中にやわらかな光が落ちた。
「疲労回復・キュアエグゾーション!」
全身がふっと軽くなる。
鉛みたいだった足が、もう一度前へ出る。
「サンキュー! ノエル!」
「天才天使におまかせよ!」
いいタイミングだ。
俺は一気に踏み込んだ。
十五体目。
飛びついてきたやつの胸を正面から貫き、そのまま剣を引き抜きながら体ごと振り回す。
後続を巻き込み、まとめて間合いを崩した。
そこへ――
「……解除できました……!」
フィーネの声。
「ナイス! フィーネ!」
これで、前だけに集中できる。
俺は剣を握り直した。
「行くぞ!」
残りを一気に詰める。
十六、十七。
左右から来たのを、片方は蹴りで壁へ叩きつけ、もう片方は首を斬る。
十八。
爪を受け流して懐へ入り、胸当ての隙間に刃をねじ込む。
十九。
膝を落としてかわし、腹を裂く。
そして二十体目。
最後の一体は、妙に執念深く低く飛び込んできた。
でも、もう遅い。
踏み込み。
横薙ぎ。
一閃。
赤い目が消え、フレッシュゴーレムの身体が崩れ落ちる。
殲滅完了。
「……はぁ、はぁ……っ」
さすがに疲れた。
剣を下ろして息を整える。
「二人ともナイス!」
振り返った、その瞬間。
フィーネが顔色を変えた。
「……ヒィィ! シンゴさん! 血! 血が!」
「ん?」
言われて自分の腕や足を見る。
爪で引っかかれた跡が、あちこちから鮮血をにじませていた。
顔も少し切れているらしい。
「そんなに痛くはないんだが、チクチクする」
「ノエル、回復頼めるか?」
ノエルはスマホに向かって一瞬だけポーズを決める。
「天才天使に任せて!」
そして、すぐに詠唱。
「《負傷回復・キュア・ウーンズ》!」
全身がキラキラと輝く。
傷口がみるみる閉じていき、熱さも引いていく。
「ありがとう、ノエル」
「ふふん。当然よ」
フィーネがほっとした顔で、小さく呟いた。
「……よかった……」
コメントを見る余裕はなかったが、画面の向こうはかなり盛り上がっているだろう。
緊迫感は、たぶん十分伝わった。
◆
俺は宝箱の前へ戻る。
「フィーネ。それで、宝箱の罠は?」
フィーネがこくりと頷く。
「……はい……すいませんが、宝箱を持ち上げていただけますか……?」
「オッケー。ノエル、そっち頼む」
「まかせて」
二人で宝箱の左右に手をかける。
「せーの」
よいしょ、と持ち上げると――
「ああ、なるほど」
宝箱の底から、コードみたいなものが床へ伸びていた。
フィーネが短刀を抜く。
ためらいなく、そのコードを切った。
「……これで、完璧に大丈夫です……!」
満足そうだ。
俺たちは宝箱を床へ戻した。
「それで、どんな罠だったんだ?」
フィーネは真面目な顔で答えた。
「……エクスプロージョン・マインです……解除せずに開くと、大爆発する罠です……」
「そうか。それは助かった」
と、そのまま流しかけたところで、フィーネが続けた。
「……爆発していれば、おそらくこの床にある結晶の量から……このダンジョンが吹き飛ぶ程でした……」
「は?」
思わず身体がびくっとした。
ノエルは一瞬固まり、それから勢いよくフィーネに抱きついた。
「フィーネ! ありがとう~! ありがとうね~!」
頬をすりすりしている。
フィーネは少し困りながらも、まんざらでもなさそうだった。
「……いえ……これが私にできることですから……」
その言葉に、誇りと、静かな強さを感じた。
守ってあげたくなるのに、ちゃんと頼れる。
やっぱりこの子、すごいな。
……また父性が上がった気がする。
俺は目の前の宝箱を見る。
大爆発罠。
フレッシュゴーレム二十体。
それを越えた先にある報酬だ。
「さて」
喉が鳴る。
「中身を見ようか」
五階の宝箱が、静かに俺たちを待っていた。
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