第29話 隠し扉の見つけ方――エルフ少女、天井回路を読む
四階の、例の部屋まで戻ってきた。
毒のトラップに引っかかった宝箱が置かれていた部屋。
あのときは罠と戦利品で頭がいっぱいだったが、今こうして改めて見ると、やっぱり気になる。
問題の壁は東側だ。
何の変哲もない石壁。
見た目だけなら、ただの行き止まりにしか見えない。
でも――ここに隠し扉がある気がする。
俺は壁の前に立って、じっと目を細めた。
「シンゴさん、どうしたの? 壁なんかまじまじと見ちゃって?」
ノエルが不思議そうに首を傾げる。
「この壁のどこかに、隠し扉があると思うんだよ」
「なるほどね」
ノエルはすぐに納得した顔になった。
俺は隣のフィーネを見る。
「フィーネ、一緒に探してくれないか?」
フィーネは小さく頷いた。
「……はい。分かりました……」
そうして、探索開始だ。
フィーネは壁の左側から順番に、かなり念入りに見ていく。
俺も一応、右側から調べ始めた。
指先で継ぎ目をなぞる。
壁を軽く叩く。
床との境目も見る。
でも、俺の方はさっぱりだ。
正直、見た目だけじゃ何も分からない。
こういうとき、フィーネの存在は本当に頼もしい。
◆
しばらくして。
「……ありました……!」
「早っ」
思わず声が出た。
フィーネは、ちょうど壁の真ん中あたりに立っていた。
壁の方を指さしながら、少しだけ興奮した声を出している。
「……ここの位置に、こういうサイズで魔法回路があります……」
指先で壁をなぞりながら、見えている線を追うように示していく。
俺には見えない。
でも、フィーネの目にははっきり見えているんだろう。
「どのくらいの大きさだ?」
「……扉一枚分くらいです……ただ……」
フィーネは目線を少し上へ向けた。
「……上の方にも、まだ回路がありそうなんですが……遠くて……」
ああ、身長的に見えないのか。
「肩車するか?」
フィーネが少しだけ目を丸くして、それから頷いた。
「……お願いします……」
俺は壁際でしゃがみ込む。
「ゆっくりでいい。乗れそうか?」
「……し、失礼します……」
フィーネがそっと俺の肩に手を置く。
遠慮がちに片足を上げて、慎重に体重を預けてくる。
軽い。
いや、軽すぎる。
俺は両手でフィーネの脚を支え、そのままゆっくり立ち上がった。
「うおっと。大丈夫か?」
「……は、はい……っ」
少しだけぐらついたが、すぐに落ち着く。
肩の上のフィーネは、緊張しているのか背筋がぴんと伸びていた。
でも、壁を見るとすぐに意識がそっちへ向く。
さすが職人気質だ。
「見えるか?」
「……はい……見えます……」
よし。
◆
フィーネは壁の上部をじっと見つめた。
「……ここまでが、扉開閉の回路ですね……」
指先で、空中に線を引くように示す。
高さは、下から二メートルくらいか。
「その上は?」
「……その上にも、回路が続いています……」
「おお」
「……どうやら、天井まで続いています……」
まだあるのか。
「……さらに、天井を這うように、西側へ伸びていますね……」
「了解。動くぞ」
俺はフィーネを肩車したまま、ゆっくり西側へ移動した。
「見えてるか?」
「……はい……ずっと続いていますね……」
天井の見えない線を追うように、部屋の中を進む。
そして、西の端近くまで来たところで、フィーネの声が少し弾んだ。
「……あっ、ここで二股に分かれています……!」
フィーネが右と左を指さす。
なるほど。
扉の回路から分かれて、別の仕掛けにつながってるわけか。
「じゃあ、まずは右から見てくれ」
「……はい……ずっと天井をそって続いてますね……」
俺は壁沿いに移動する。
右へ、右へ。
部屋の端まで進んだところで――
「……あっ! ここに、ボタンみたいなのがあります……!」
「ナイスだ、フィーネ! すごいぞ!」
思わず声が上がる。
ノエルもぱちんと指を鳴らした。
「やるじゃない! さすが私のフィーネだわ!」
“私の”フィーネが少し気になったがスルーする。
フィーネは上から、少しだけはにかんだ。
「……ありがとうございます……」
顔が赤い。
褒められると本当に分かりやすいな。
「じゃあ、逆も見てくれるか?」
「……はい……」
今度は反対側へ移動する。
フィーネが天井を追う。
俺は足元に気をつけながら進む。
しばらくして、反対側の端でも声が上がった。
「……こちらにも、ボタンがあります……」
「やっぱり二つか」
「いかにもって感じね」
俺とノエルが、ほぼ同時に反応する。
二つボタンがある。
しかも、扉の回路から分岐してる。
「どう考えても、同時押しだな」
「そうでしょうね」
俺はフィーネをゆっくり降ろした。
床に足がつくと、フィーネが小さく息を吐く。
「……ありがとうございました……」
「いや、助かったのはこっちだ」
俺はそのままノエルを見る。
「ノエル、そっちのボタン頼めるか?」
ノエルは胸を張った。
「オッケー! まかせて!」
◆
その前に、俺はスマホを取り出した。
せっかくなら配信を入れる。
ここは絶対に撮れ高がある。
配信アプリを開いて、開始。
【配信開始】
「こんにちは、シンゴです。今日も横浜の新ダンジョンに来てます」
画面の横で、フィーネが少しおずおずと頭を下げた。
「……フィーネです……」
『フィーネちゃんきたあああ』
『エルフおる!』
『保護エルフちゃんかわいい』
『フィーネちゃん今日も声が可愛い』
『耳たすかる』
ノエルがすぐ横から割り込んで、得意げに手を振る。
「天才天使のノエル・セラフィアよ。ふふん」
『ノエルさんきたw』
『天才天使ほんと好き』
『出たドヤ天使』
『ノエル姐さん今日も元気』
『天使とエルフが同じ画面にいるの情報量やばい』
よし。コメント欄も元気だな。
俺はカメラを壁の方へ向ける。
「今、疑惑の四階に来ています。ここに隠し扉があると思って、今回もう一度来ました」
『やっぱそこか!』
『絶対なんかあると思ってた』
『再調査きたあああ』
『シンゴこういう嗅覚あるよな』
『四階まだ終わってなかったか』
「それで、さっき調べたら、西側の天井二か所に隠しボタンがあるのを発見しました」
『ファッ!?』
『もう見つけたの!?』
『天井とか普通見ねえよw』
『マジで隠し要素あったのか』
『四階ガチで未発見エリアあったんだ』
「じゃあ、さっそく押してみます」
そしてもう一度しゃがみ込む。
「フィーネ、頼む」
「……はい……」
『肩車きた!!』
『うおおおおお』
『この絵面つよいw』
『特等席きたな』
『シンゴそこ代わってくれ』
フィーネがそっと肩に乗る。
俺は立ち上がって、ボタンの位置まで移動した。
そのあいだに、ノエルはふわりと翼を広げた。
白い翼が光を受けて広がり、そのまま軽く宙へ浮く。
反対側のボタンの位置まで、すっと飛んでいった。
ノエルは反対側の壁際で浮いたまま、指をボタンの位置に添えた。
「ノエル、いけるか?」
「オッケー!」
俺は一度、深く息を吸う。
「じゃあタイミングを合わせて――3、2、1、今だ!」
俺とノエルが、同時にボタンを押す。
その瞬間。
カチリ。
フィーネが扉があると言っていた、壁の中央あたりから音がした。
「来た!」
次の瞬間――
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
石壁が震える。
前面の壁が、横へスライドしていく。
隠し扉だ。
『うおおおおおおお!!』
『マジであったあああ!!』
『鳥肌やばい』
『四階の空白きたあああ』
『シンゴすげえええ』
『これ完全に当たり部屋じゃん!』
俺は思わず笑った。
「やっぱりあったか」
胸の奥が熱くなる。
こういう瞬間があるから、ダンジョンはやめられない。
毒罠の宝箱部屋。
不自然な空白。
天井の回路。
隠しボタン。
全部つながった。
壁が最後まで開き切る。
その奥には、今まで誰も踏み入っていない通路が、静かに口を開けていた。
俺はフィーネをゆっくり降ろし、開いた先を見た。
「さて――」
まだ先は見えない。
何があるのかも分からない。
でも、間違いなく“当たり”だ。
俺は剣に手をかけた。
「行ってみるか」
開いた隠し通路の奥から、冷たい空気が流れてきた。
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