第24話 現代の家、攻略開始――腕枕が最終防御になった
皿を下げて、テーブルを拭く。
さっきまで剣を握ってた手で、今は皿を拭いてる。
フィーネはまだ落ち着かない顔をしている。
でも、怯えが全部消えたわけじゃないのに――少しだけ呼吸が深くなっていた。
食卓の空気がまだ柔らかいうちに、流れで見せておきたかった。
「ここが自分の居場所だ」って感覚は、説明より“体験”のほうが早いから。
フィーネはソファの端にちょこんと座ったまま、部屋をきょろきょろ見回している。
落ち着かないのは隠せてない。でも、好奇心まで引っ込めてないのが分かる。
「……部屋、案内するか」
「……はい」
立ち上がると、フィーネもすぐに立つ。
距離を詰めすぎないように、でも置いていかれないように――控えめに後ろへついてくる。
遠慮がにじむ歩幅が、いちいち健気だ。
まずは水回りから。
洗面所に入った瞬間、フィーネが白い洗面台と鏡を見て目を丸くした。
俺は言葉より先に、蛇口へ手を伸ばす。
「見て。ここ、ひねると水が出る」
カチ、とレバーを上げると、透明な水がさらさら流れた。
フィーネは一歩だけ近づいて、息を止めたみたいに見つめる。
「……え……水が、勝手に……」
「勝手にじゃなくて、管で繋がってる。いつでも出る」
フィーネは恐る恐る指先を近づけて、落ちてくる水に触れた。
ひんやりした感触に、肩が小さく跳ねる。
「……すごい……本当に……家の中で……」
そのまま、風呂とトイレも見せる。
「ここが風呂。ここがトイレ。……ノエル、あとで使い方教えてやってくれないか」
「オッケー! まかせて!」
頼む、余計なアレンジはするな――と思ったら、ノエルが浴室の扉を開けて「ほら、ここが泡の神殿」と言いかけた。
俺は咳払いで止める。
フィーネはフィーネで、白いタイルと鏡にまた目を丸くした。
そこからは順番に部屋を見せていく。
廊下と言うほど長くない動線で、ドアを開ければすぐ“部屋”だ。
「で、ここが俺の部屋。こっちがノエルの部屋」
ノエルが自分の部屋を当然のように指差す。
「私の城ね」
「俺の家」
フィーネがそのやり取りを聞いて、口元だけ少し緩めた。
笑うのを我慢してるみたいな顔。
そして、空いてる部屋がいくつかある。
どれも同じ“空き部屋”のはずなのに、ドアを開けるたびに空気が違う。
窓の向き、見える街の灯り、静けさの濃さ。
「……部屋、まだあるんですね……」
「ある。持て余してるくらい」
俺は扉を指しながら、なるべく軽く言った。
「ここ、ここと、この部屋が空いてる。フィーネはどれがいい?」
「……え!?」
フィーネが目を泳がせる。
“選んでいい”という発想が、まだ現実じゃない顔だ。
「じゃあ! ここなんかどう? 私とシンゴさんの間!」
ノエルが指したのは、確かに使いやすい位置の部屋だった。
フィーネが恐る恐る言う。
「……いいんですか? こんな立派なお部屋を……」
俺は、遠慮させないように少し明るめに言う。
「大丈夫。誰も使ってないし、空いてるから。」
「……ありがとうございます……」
「さあ、入って入って」
半ば強引に背中を押して、部屋へ。
照明スイッチを教える。
「このボタン押すと電気がつく。もう一回で消える」
フィーネが恐る恐る押す。
パッ。
「……ひっ」
でも次の瞬間、少し安心した顔になる。
窓の鍵、クローゼットの扉、空調のリモコン。
「分からなかったら、なんでも俺でもノエルでも聞いてくれ」と伝える。
フィーネは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
少し大きめの礼。
必死さが滲んで、胸がきゅっとなる。
◆
今日は疲れている。
ダンジョン探索も、戦闘も、救助も、全部濃い。
早めに休むことにした。
俺は自分のベッドに入って、明日の予定を頭で並べた。
フィーネの保護申請。
生活用品の買い出し。
顔認証の登録も――必要だな。
その時。
コン、コン。
ノックの音。
「はい」
短く返すと、ドアが少しだけ開く。
「……あの。すいません。シンゴさん……」
フィーネがおずおずと入ってくる。
手が落ち着かなくて、もじもじしている。
「どうした? 何か分からないことでも?」
フィーネはふるふる、と首を横に振った。
そして、顔を真っ赤にして、絞り出すみたいに言う。
「……あの……一緒に寝ても、いいでしょうか……」
「……え」
一瞬、フリーズした。
フィーネは涙目で続ける。
「……寝ようとしたんですが……両親のことで悲しくなって……寂しくなって……」
なるほど。
そういう夜、あるよな。
「……いいよ。寂しくなったら、いつでも来ていい」
俺は――心の中ではバクバクしているが、それを出さないようにやさしく言った。
「……ありがとうございます。では、失礼します……」
フィーネはそっと俺の左側からベッドに入ってきた。
俺は慌てて、右側へ寄った。
「ベッド大きいから、3人くらいなら寝れるね」
少し緊張して言う俺に、フィーネはくすりと笑って返した。
「そうですね……」
「じゃあ、寝ようか」
「はい……」
◆
しばらくすると、フィーネは疲れていたのか、すうすうと寝息を立て始めた。
……これで安心かな、と思ったのに。
「……お父さん……お母さん……」
小さな声。
涙が、枕に落ちる気配。
俺は、頭をポンポンと優しく叩いた後、なぜなぜと撫ぜる。
そうすると、フィーネは少し安心したのか俺に体を摺り寄せてきた。
おおふっとなりながらも、まあ、いいか。これでフィーネが安らかに寝れるのなら――と思う。
フィーネがすり寄ってきたので、隙間が無くなってしまった左腕を、そっとフィーネの左側に回す。
これは……腕枕だ。
娘がいたら、こんな感じなのかな。
俺も三十二才。子どもがいても不思議じゃない年だしな。
突然の父性に戸惑いつつも――まあ、悪くない。
俺は目を閉じた。
明日もやることは山ほどある。
でも――今日は、ここまで。
静かな部屋で、二つの寝息が重なっていく。
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