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第1話 契約終了で人生リセット――32歳、ダンジョン配信を始める

第1話 契約終了で人生リセット――32歳、ダンジョン配信を始める


「霧島。ちょっと、来てくれるか」


午後三時。

作業の山がいちばん高く見える時間に、上司の声は遠慮なく俺の肩を叩いた。


霧島新語きりしま しんご、三十二歳。

契約社員。ゲーム会社勤務十年。

肩書きは“ゲームデザイナー”――正確に言えば、RPGのマップ設計とイベント設計が主戦場だ。


プレイヤーが迷わない導線。

視線が吸い寄せられるオブジェクト配置。

「ここを通れば気持ちいい」と思わせる道の曲がり方。


そして、

“本筋に関係ないのに、つい覗きたくなる寄り道”。


そういうものを、仕様書とにらめっこしながら作ってきた。


「すみません、今、イベントフラグの整合性確認を――」


「五分でいい。会議室」


俺は口の中で、ちいさく「はい」と返しながら立ち上がった。


会議室は、空調が効きすぎている。

窓際のブラインドの隙間から、ビルの外の空が薄く見える。

俺の座る椅子のキャスターが、妙に床を鳴らした。


上司は、資料を一枚だけ机に置いた。

そして、必要最低限の表情で言った。


「今月で契約更新はしない。そういうことで」


一瞬、意味が入ってこなかった。


「……え?」


喉の奥で、情けない声が出る。

頭の中で、別の俺が「何度も聞いたテンプレ台詞だろ」と冷静に突っ込む。

そうだ。ゲームなら、こういう時は選択肢が出る。


① 理由を聞く

② 引き止めを試みる

③ 何も言わずに立ち去る


現実には、選択肢は表示されなかった。


「新チームに入ってもらったが、空気が合わないだろ。お前も辛そうだったしな」


空気が合わない。

つまり――馴染めていない。


確かに、そうだった。

新しいリーダーは若くて勢いがあり、会議のテンポは早い。

「とりあえず回して直そう」が口癖で、俺の「仕様が固まってないと怖い」という性質とは相性が悪かった。


ただ、だからといって。


「急ですね……。更新、前提で――」


「最終判断だ。悪いな」


上司は言い切ると、視線を外した。

それで会話は終わった。


俺の中で、何かがふっと抜けた。

怒りでも悲しみでもなく、ただ……空白が広がっていく感じ。


会議室を出て、デスクへ戻る。

モニターには、昨夜まとめたマップ案が開きっぱなしだった。


“浅草ダンジョン:入口付近のオブジェクト配置案”

“骨像:視線誘導用。背後に隠し通路を置く案も検討”


自分でも笑ってしまう。

まだ仕事を続けるつもりで、来月のタスクまで書いていた。


俺はマウスを握ったまま、しばらく動けなかった。


-------


帰り道。


電車の窓に映る自分の顔が、思っていたより疲れている。

十年。

会社と家の往復。

帰ったら寝るだけ。目が覚めたらまた出勤。


そういう生活を、“ちゃんとした大人”だと思い込んで続けてきた。


けど、今日、そのレールが唐突に折れた。


「……どうしよ」


小さく呟くと、隣の席の学生が一瞬だけこちらを見た。

俺は慌てて目を逸らす。


家に着いて、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

プシュ、と気の抜けた音がする。


喉に流し込んでも、うまいのかどうかよく分からない。

胃のあたりに、冷たいものが落ちていくだけだった。


ソファに沈み込み、天井を見上げる。


思い返せば、俺はずっと「いつか」を先送りにしていた。


いつか旅行したい。

いつか運動したい。

いつか、配信とかやってみたい。


……いや、配信?


ふと、頭の隅に引っかかっていたものが形になる。

最近、やたらと目に入る動画。


“ダンジョン配信”


この二、三年のうちに急に現れた存在――ダンジョン。

突如、何もなかった空間に入口が現れる。

中にはモンスターがいて、倒すと稀に魔石を落とす。


魔石。

新エネルギーとして取引され、やたら高い。

ニュースでも「魔石供給量」「ダンジョン資源」といった単語が当たり前のように飛び交っている。


さらに、ダンジョンには宝箱が出ることもある。

中には“魔法のアイテム”なんて、ゲームみたいなものが入っているらしい。


ゲーム実況、VTuber。

その次に来た流行が、ダンジョン探索の配信。


――配信。


俺は缶ビールをもう一口飲んで、苦笑した。


「……いや、無理だろ。俺が?」


命がけだ。

モンスターがいるんだろ?

まして俺は、ただの契約社員のゲームデザイナーだ。


そう思ったのに。


スマホの画面に、いつの間にか「浅草ダンジョン」のライブ配信が映っていた。

浅草――最初期に出現して、今では観光地化までした、初心者向けのダンジョン。


安全対策が整っていて、入口前には警備員までいる。

“アトラクションみたいなダンジョン”と揶揄されることもある場所だ。


配信者は、派手な装備で笑っている。

コメント欄が流れる。

スパチャが飛ぶ。


楽しそうだ。

いや、正確に言えば。


……俺の人生に、ああいう“風”が一度も吹いたことがない。


十年、ずっと同じ空気を吸ってきた。

だから、今は。


「貯金、あるんだよな……」


口に出すと、妙に現実味が増した。

生活はすぐには詰まない。

少しだけ、時間がある。


その時間で、“一回だけ”何かやってみる。


失敗したっていい。

恥かいたっていい。

どうせ契約は切られたんだ。もう失うものは減ってる。


「……人生、リセットしたいな」


俺は言って、そして笑った。

ひどく他人事みたいな声だった。


-------


その夜。


俺はネットで「ダンジョン配信 初心者 装備」を検索し、

「最低限、これだけは持て」というリストを眺めた。


ヘルメット。

ライト。

手袋。

靴。

そして――武器。


銃は規制が厳しい。

刃物は管理が面倒。

初心者に一番多いのは、金属バット。


……バットか。


俺は、昔買って物置に眠っているバットのことを思い出した。

野球なんてしないのに、なぜ買ったのか。

たぶん、ノリだ。

俺にもそんな時期があったらしい。


スマホを置いて、深く息を吐く。


怖い。

正直、かなり怖い。


でも――。


「テストプレイ、みたいなもんだろ」


呟いた瞬間、自分で自分の言葉に少しだけ救われた。


現実のダンジョンでも、

マップは続いていて、イベントがあって、敵が配置されている。


なら、俺は。


その“作り手”としての癖を、少しだけ使ってみればいい。


明日。

浅草ダンジョンへ行こう。


俺は缶ビールを飲み干し、空になった缶をテーブルに置いた。


プシュッ――ではなく、カタン、と小さな音。


それは、何かのスイッチが入る音に似ていた。


――明日、俺はダンジョンに入る。

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