EP 9
「空気が抜けてるな」海神に空気入れで致死量の魔力を注入! 便利なフロートが爆誕
「よいしょ、っと。空気穴はここらへんかな」
特級海域の白い砂浜。
俺は、深海から引きずり上げてきた全長数十メートルの『海神リヴァイアサン(※俺の目にはシャチの浮き輪に見えている)』の巨大な顎をこじ開け、その隙間に自転車の空気入れのノズルをグイッと差し込んだ。
「ひ、ヒィィィッ!! 神の口に……! なんて恐れ多いことを……!」
遠くで見ていたSランク探索者たち(全裸)が、涙を流しながら祈りを捧げている。
彼らの祈りなどどこ吹く風。俺は空気入れのレバーに両手をかけ、体重を乗せた。
「よーし、いくぞー。シュコッ、シュコッ」
俺が二、三回ポンプを押した、その瞬間だった。
『……ン? ……グ……ガァァァァァッ!!?』
口の奥に異物を突っ込まれた違和感で、ついにリヴァイアサンが数千年の封印から目を覚ました。
カッ!と見開かれた黄金の瞳。その巨体がビクンッと跳ね上がり、島全体を揺るがすほどの圧倒的な神の威圧感が放たれた。
『何者ダ……! 我ガ深キ眠リヲ妨ゲ、アマトウコトカ我ノ顎ニ、コノヨウナ鉄クズヲ突シ込ム愚カ者ハァァァッ!!』
リヴァイアサンが激怒の咆哮を上げる。
空は再び暗雲に覆われ、海面が荒れ狂い始める。まさに神の怒り。世界滅亡のプロローグである。
「アカン! 神がキレた! 俺たち、細胞レベルで消し飛ばされるぞォォォッ!!」
「師匠! 離れてください! アレは危険ですわ!!」
Sランク探索者たちが泡を吹き、カレンたちSP軍団も武器を構えて臨戦態勢をとる。
だが。
目の前で暴れようとする神話の海竜に対し、俺は全く動じることなく、むしろ嬉しそうに頷いた。
「おお、なんか空気が入り始めて『反発力』が出てきたな。やっぱりちょっと萎んでただけで、穴は空いてなかったみたいだ」
『……ハ?』
「よし! この調子で一気にパンパンに膨らませてやるからな!」
俺は空気入れのレバーを強く握り直した。
対象:空気が抜けてシワシワになった『巨大なビニールフロート(神の海竜)』。
処理:超高濃度の清浄な空気(マイナスイオンおよび圧倒的生命力)を限界まで注入し、弾力とハリを完全に取り戻させる。
「空気入れは! 腰を入れて一気に押し込むんだよォォォッ!! ――『解体』!!」
シュゴバババババババババッ!!!!
俺が空気入れを高速でピストンさせた瞬間。
ただの自転車の空気入れから、宇宙の創世すら思わせるほどの、致死量の純粋な魔力が、リヴァイアサンの体内に直接、かつ強制的に注入され始めた。
『ギ……!? ガ!? な、何ダコノ、圧倒的ナ力ノ奔流ハ……ッ!?』
リヴァイアサンが驚愕に目を見開く。
俺の『解体』スキルによって極限まで圧縮・浄化された空気(生命エネルギー)は、リヴァイアサンの数千年分の疲労と呪いを一瞬で消し飛ばし、その細胞を爆発的に活性化させていく。
『オオオォォォッ! 力ガ! 我ガ内ナル神ノ力ガ、限界ヲ超エテ溢レ出ル……ッ!!』
ズオォォォォンッ!とリヴァイアサンの巨体が膨張し、黒と青の鱗が宝石のようにピカピカに輝き始める。
俺の目には「浮き輪のシワが伸びて、パンパンに張ってきた」ように見えている。
「よしよし、いい感じだ。もっと入れてやるぞ。シュコッ! シュコッ!」
『ギ……!? マ、待テ……! モウ十分ダ……! コレ以上ハ、我ノ器ガ耐エキレ……アッ……』
神の器すら凌駕する、暴力的なまでのバフ(空気)の注入。
それは次第に、リヴァイアサンの脳をバグらせるほどの『強烈な快感』へと変わっていった。
『あ、アアアァァァァァァァッ……! 細胞ガ……全身ノ細胞ガ、若返ッテイクゥゥゥッ……!!』
ビクンッ! ビクンッ!
リヴァイアサンは、抵抗するどころか、自ら空気入れのノズルを咥え込み、恍惚とした表情を浮かべ始めた。
『モット……! モット我ニ、ソノ神聖ナル息吹(空気)ヲ注入シテクレェェェッ……! ハァンッ……!!』
――数分後。
「ふぅ、こんなもんかな」
俺が空気入れのノズルを抜いて額の汗を拭うと。
そこには、全身のシワ(ダメージ)が完全に消え去り、ピカピカのツルツルに膨れ上がったリヴァイアサンが、だらしなく舌を出し、白目を剥いて『完全なヘブン状態』で砂浜に横たわっていた。
「キュゥゥゥ……♪(ご主人様、最高です……♪)」
もはや神の威厳は塵一つ残っていない。
過剰なマッサージ(空気注入)によって完全に骨抜きにされ、俺の足元で「もっと撫でて」とすり寄る、ただの巨大なシャチのペット(浮き輪)がそこにいた。
「「「…………」」」
その一部始終を絶望の目で見守っていたSP軍団と、全裸のSランク探索者たちは。
世界を滅ぼす神の海竜が「自転車の空気入れで昇天してペットになる」という、理解の範疇を超えた光景を前に、ついに全員の膝が崩れ落ちた。
「……終わった。人類の常識が、終わった……」
「自転車の空気入れが……神話級のアーティファクトだったなんて……」
金髪大剣男は虚ろな目で宙を見つめ、静かに砂を握りしめた。
「おーい! 未緒ー! 空気パンパンになったぞー! 背中に乗って遊んでいいぞー!」
「わーい! お兄ちゃんありがとう! いくよ、アーニャちゃん!」
「ダー! このシャチ、乗り心地最高!」
未緒とアーニャが歓声を上げながら、リヴァイアサン(浮き輪)の背中によじ登る。
リヴァイアサンは「キュッ♪」と嬉しそうに鳴き、女の子たちを乗せたまま、波のない穏やかな海へと優雅に滑り出していった。
こうして、世界最強の探索者すら恐れる特級ダンジョンのラスボスは、一人の清掃員によって『最高級のアトラクション・フロート』へと魔改造され、九条家の慰安旅行を大いに盛り上げることになったのである。




