EP 7
沖合でのサーフィン対決。「波が高いな。少し『平ら』に掃除しておくか」
「お兄ちゃーん! 浮き輪引っ張ってー!」
「はいはい。あんまり沖に行くと危ないぞー」
呪いの霧が『乾燥』されて晴れ渡った、美しいクリスタル・オーシャン。
俺は腰まで海に浸かりながら、未緒とアーニャが乗った大きなシャチの浮き輪を引っ張って、のんびりと水遊びを楽しんでいた。
砂浜では魔王ルンバが器用に砂のピラミッドを建設し、全裸のSランク探索者たちがそれを拝んでいるという少しカオスな光景が広がっているが、概ね平和なバカンスである。
しかし、そんな穏やかな海に、突如として不穏な水しぶきが上がった。
――バアァァァァァンッ!!
「ハッハッハ! 俺の部下たちを不意打ちで全裸にしたというコソ泥は、どこのどいつだ!?」
沖合から、猛烈なスピードで波を切り裂きながら近づいてくる影があった。
それは、巨大な魔法のサーフボードに乗った、褐色の肌を持つドレッドヘアの男だった。
彼の周囲には、海水を操る強力な水魔法のオーラが渦巻いている。
「あ、あれは……! アメリカ最大のギルド『オーシャン・ハウンド』のリーダー、水王のブラッドだ!」
砂浜で目を覚ましていた金髪大剣男(ブラッドの部下)が、救世主を見たような顔で叫んだ。
「ブラッドさんは、海の上ならSSS級のバケモノですら圧倒する世界最強のサーファー……! よかった、これで俺たちの仇を討ってくれるぞ!」
ドレッドヘアの男――ブラッドは、俺の数メートル手前でサーフボードを急停止させ、水しぶきを上げながらドヤ顔で俺を見下ろした。
「チッ、なんだこの魔力ゼロのヒョロガリは。……おい田舎モン! お前がうちのギルドの連中に卑怯な手を使ったんだろ!? 俺と『波乗り(サーフィン)』で勝負しろ! この俺が、真の海の恐ろしさってやつを教えてやる!」
「えー……サーフィン? 俺、ボードとか持ってないし、やったことないんだけど」
「ハッ! 逃げるのか? いいだろう、なら俺一人で極上の『ショー』を見せてやる。とくと味わいな! この特級海域の真の怒りをッ!」
ブラッドが両手を天高く掲げた。
途端に、海中の魔力が暴走し、ゴゴゴゴゴォォォォ……という地鳴りのような音が響き始めた。
「海神よ! 我が声に応え、すべてを飲み込む滅びの波を起こせ! ――『殺戮の大津波』!!」
俺の目の前で、海水が壁のようにそそり立ち始めた。
高さ50メートルは下らない。太陽の光を完全に遮る、文字通りの『大津波』だ。
ブラッドはその津波の頂点にサーフボードで乗り、狂ったように高笑いしている。
「ギャハハハハッ!! 見ろ! これぞSランクの極致! この波に飲み込まれて、海の藻屑となれェェッ!!」
遠くの砂浜で見ていたエリート探索者たちが、「ヒィィッ! 島が沈むぞォォッ!」と悲鳴を上げて一斉に逃げ出す。
未緒とアーニャも、俺の背中にしがみついて震えていた。
だが。俺の目に映っていたのは、島を沈める大津波ではなかった。
「……おい」
俺は、そびえ立つ50メートルの大波を見上げて、イラッとして舌打ちをした。
「わざと『波を荒立てて』……俺の妹を怖がらせてんじゃねぇよ!!」
怒るポイントはそこである。
せっかく波の穏やかな遠浅の海で水遊びをしていたのに、こんなバカデカい波を作られたら、危なくて遊べないではないか。
「服も、海も……変な『シワ(波)』が寄ってたら、見栄えが悪くてしょうがないだろうが!」
俺は、砂浜に立てかけてあった愛用の『竹ホウキ』を手に取り、それをサーフボードのように海面へと放り投げた。
そして、そのホウキの上に、ヒョイッと飛び乗る。
「……は? あいつ、竹ホウキに乗ったぞ!?」
津波の頂点から俺を見下ろしていたブラッドが、間抜けな声を上げた。
「波が荒いなら! 俺がピシッと伸ばしてやる!!」
俺は、竹ホウキ(サーフボード)の先端を、迫り来る50メートルの大津波に向かって向けた。
対象:海面を乱す不自然な隆起(殺戮の大津波)および『波という概念』。
処理:対象を極限の圧力と熱でプレスし、完全に平滑な状態へとアイロンがけ(解体)する。
「――『解体』!!」
シュゴォォォォォォォォンッ!!!!!
俺が乗った竹ホウキから、目に見えない巨大な『アイロンのプレス(高熱と圧力)』が放たれた。
そのプレスの波が、50メートルの殺戮の大津波に激突した瞬間。
『ザ……シュゥゥゥゥゥゥ……ッ』
まるで、クシャクシャのシャツにスチームアイロンを当てた時のように。
あんなに猛り狂っていた50メートルの大津波が、一瞬にして『スゥッ……』と押し潰され、完全に平坦で、鏡のようにツルツルの海面へと変わってしまったのだ。
「え……?」
津波の頂点でドヤ顔をしていたブラッドは、足元の波(足場)が突然消滅したことで、宙に取り残された。
そこにあるのは、風波一つない、完全に『平滑化』されたスケートリンクのような海面だけ。
「あ、あ、ああァァァァァッ!?」
ヒュルルルルル……!
足場を失ったブラッドは、50メートルの高さから真っ逆さまに落下。
ドッバァァァァァァンッ!!
とてつもない水柱を上げて、ツルツルの海面へと激突した。
物理的な落下のダメージと、「自分の最強魔法がアイロンがけされた」という精神的ショックにより、ブラッドは白目を剥いて、プカプカと海に浮かんだまま気絶(水死体のようなポーズ)してしまった。
「よしよし。これで波もなくなって、泳ぎやすくなったな」
俺は竹ホウキから降り、鏡のように真っ平らになった海面に満足げに頷いた。
「「「…………」」」
砂浜に逃げていたSP軍団とエリート探索者たちは、風一つ、波一つ立たない『異常なまでに平らな海』と、その真ん中で竹ホウキを持っている俺を見て、またしても全員の思考がフリーズしていた。
「……波が……海が、アイロンがけされた……?」
「もう嫌だ……。この清掃員、自然現象すら家事の延長で片付けやがる……!」
金髪大剣男は、もはや恐怖を通り越して、涙を流しながら砂のお城(ルンバ作)の陰に引きこもってしまった。
「おーい、未緒ー! 海、綺麗になったからもっと奥まで行ってみようぜー!」
俺ののんきな声が、静寂の海に響き渡る。
こうして、世界最強のサーファーの誇る大津波は、一人の清掃員の「服のシワ伸ばし(アイロンがけ)」によって完全に平坦化され、俺たちの水遊びの邪魔者はいなくなったのであった。




