EP 6
「日焼け止め塗ってください!」SPたちの水着争奪戦。降り注ぐ『死の呪毒霧』を日傘で弾き飛ばす
「ルン♪ ルーン♪」
特級海域のビーチに、突如として出現した壮麗な砂の城。
その城門の前で、進化した魔王ルンバが誇らしげに駆動音を鳴らす中、俺は未緒と一緒にその出来栄えを眺めていた。
「すごいねお兄ちゃん! このルンバ、お城だけじゃなくて、砂の跳び箱まで作ってるよ!」
「ああ、これなら砂遊び道具を持ってこなくて正解だったな。……さて、未緒。そろそろ日差しが強くなってきたから、日焼け止め塗らねーとな」
俺がバッグから家族用の大容量日焼け止めボトルを取り出した、その瞬間だった。
「――待ってくださいまし、師匠!!」
バサァッ!とレジャーシートを跳ね除け、眩いばかりの白いビキニ姿のカレンが、陸上の短距離選手のようなスタートダッシュで俺の前に滑り込んできた。
「日焼け止めでしたら、私が! この『氷の女帝』の魔力で極限まで冷却した、特製のアイス・サンスクリーンをお塗りいたしますわ! さあ、師匠! まずはその逞しい背中から……!」
「待つ、カレン。 Bossの背中は、私が守る」
シュタッ。
カレンの背後に、いつの間にか黒いラッシュガード姿のアーニャが、スパイ特有の気配遮断で立っていた。
「私の日焼け止め、ロシア本部の最新ナノテクノロジー配合。 Bossの肌、分子レベルで保湿する。……さあ Boss、服、脱ぐ」
「えぇ……。いや、二人ともありがたいけど、俺は自分で塗るから――」
「Hahaha! Boss、水臭いぜ! 男の背中は、男が守るもんだ! 俺のマッスル・オイルで、Bossの肌をブロンズ色に輝かせてやるぜぇッ!!」
ドォォォォォンッ!!
上半身裸のマッチョ、ジャックがプロレスラーのようなポーズで割り込んできた。手にはなぜか業務用サイズのテカテカしたオイルを持っている。
「いや、ジャック。俺は日焼けしたいんじゃなくて、日焼けを防ぎたいんだ。あと、男のオイルマッサージは丁重にお断りする」
「……王。もしよろしければ、我が国の王室御用達の、高貴な香りの日焼け止めがございますが」
ジャンまでが、フランスの聖騎士の品格(アロハシャツ姿だが)を保ちつつ、高級そうな小瓶を持って列に並んでいる。
「……」
俺への日焼け止め塗布権を巡り、世界最高の美女二人と、アメリカ最強の筋肉、フランス最強の聖騎士が、白い砂浜で火花を散らすキャットファイト(一部、男同士のむさ苦しい競り合い)を始めた。
「お兄ちゃん……。なんか、大変だね」
「……ああ。ただ日焼け止めを塗りたいだけなのに、なんでこんなに話がこじれるんだ」
俺が未緒と二人で遠い目をしていた、その時だった。
――ゴォォォォォォォォ……ッ!!
突如として、南国の青空がドス黒い紫色の雲に覆われた。
それと同時に、海面から、禍々しい粘り気を帯びた『紫色の霧』が立ち昇り、ビーチ全体を包み込み始めたのだ。
「……ん? なんだ、いきなり天気が悪くなったな。霧か?」
俺が首を傾げた瞬間。
「ヒィィィッ!! 出た! デス・ゾーンの真の恐怖、『死の呪毒霧』だァァァッ!!」
砂のお城の影で目を覚ましていた金髪大剣男(Sランク探索者)が、霧を見るなり絶叫して白目を剥いた。
「触れれば魂まで腐り落ち、吸い込めば内臓が溶け出す、絶対不可避の呪いのトラップ……! ア、ア、終わった……。カニを食った直後に死ぬなんてェェェッ!!」
Sランク探索者が絶望に震える中。
俺の目に映っていたのは、魂を腐らせる呪いではなかった。
「……うわぁ、なんだこれ。めちゃくちゃ『ベタベタ』する霧じゃないか」
俺は、自分の肌に触れた紫色の霧の感触に、ウンザリとした顔をした。
オカンの直感が、警報を鳴らしていた。この霧は、洗濯物にとって最悪の敵だと。
「ただでさえ潮風でベタつくのに、こんな湿気を含んだ汚い霧が降り注いだら……! せっかく干してある『バスタオル』が、全部生乾きの匂いになっちまうだろうがァァァッ!!」
俺の頭の中で、オカンの堪忍袋の緒が完全にブチ切れた。
世界を滅ぼす呪いの霧? 知るか。
俺にとって今一番重要なのは、この特級リゾートで干している、ふわふわのバスタオルの鮮度を守ることだ。
「日焼け止めなんて塗ってる場合か! 湿気対策が先だ!!」
俺は、砂浜に突き刺してあったホームセンターの千円の『ビーチパラソル』を引っこ抜き、大きく足を開いて構えた。
「「「…………え?」」」
日焼け止めの争奪戦をしていたSP軍団が、間抜けな顔で俺を見た。
「誰だか知らねえがな! 湿気とカビ(呪い)を撒き散らして、俺の洗濯を邪魔するんじゃねぇェェッ!!」
俺は、渾身の力を込めてパラソルを棍棒のようにぶん回した。
対象:ビーチを覆う『不衛生な湿気(死の呪毒霧)』および『カビの温床』。
処理:空間内の水分と不純物を極限まで『乾燥』させ、清浄な空気へと解体する。
「――『解体』!!」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!!
俺がパラソルを一振りした瞬間。
ただの日傘から、太陽の表面温度に匹敵するほどの超・乾燥熱波が放たれた。
その熱波は、ビーチを覆っていた禍々しい紫色の霧(呪い)を、触れた瞬間にシュワァァァァ……と音を立てて蒸発(解体)させ、文字通り『無』へと帰してしまったのだ。
――数秒後。
ビーチには、ドス黒い雲も紫色の霧も、跡形もなく消え失せていた。
そこにあるのは、以前よりもさらにカラリと乾燥した、最高に心地よい南国の青空だけだった。
「よしよし。これでバスタオルもフカフカに乾くぞ」
俺は満足げに頷き、ビーチパラソルを再び砂浜に突き刺した。
「「「…………」」」
ビーチは、静寂に包まれていた。
カレンも、アーニャも、ジャックも、ジャンも。全員が日焼け止めのボトルを持ったまま、石化している。
彼らの脳内では、『ただのパラソルで特級ダンジョンの即死トラップ(呪い)を物理的に叩き潰した』という事実を、どのように処理すればいいのか分からず、AIがフリーズを起こしていた。
「……あ、あはははは。日傘で呪いを砕いた……。もう、何が起きても驚かないぞ……」
砂のお城の影で、金髪大剣男が虚ろな目で笑い出し、そのままパタリと倒れて再び気絶した。
「おーい! 未緒、アーニャ! 湿気がなくなったから、今のうちに日焼け止め塗っちまおうぜ!」
俺の能天気な声が、静まり返ったデス・ゾーンに響き渡る。
こうして、地球上のあらゆる生命を絶滅させうる恐怖の呪毒霧は、一人の清掃員の「洗濯物への執着」によって、ただの『ベタつく湿気』として処理され、5分で解決されたのであった。




