EP 3
海からSランクの大怪蟹が急襲!「ちょうどBBQの食材が欲しかったんだ」
「お兄ちゃーん! お水冷たくて気持ちいいよー!」
「ルン♪ ルン♪」
ゴミすくい網(解体スキル)で水質浄化されたばかりのクリスタル・ビーチ。
未緒とアーニャが浮き輪でぷかぷかと浮かび、魔王ルンバが防水モードで潜水掃除を楽しんでいる。
俺は砂浜に置いたコンロに炭を熾し、BBQの準備を始めていた。
「よし、火加減はバッチリだ。あとはメインの食材だな」
「Boss、肉なら冷蔵庫にクラーケンの切り身がありますが?」
サングラス姿のジャックが、はち切れんばかりの筋肉を誇示しながら尋ねてくる。
「いや、せっかくの海だし、カニとか食べたいだろ? できれば特大のタラバガニみたいなやつがさ」
俺がそんな贅沢な悩みを口にした、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
穏やかだった海面が、突然山のように盛り上がった。
凄まじい衝撃波と共に、砂浜全体が激しく揺れ動く。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「いえ……師匠、来ましたわ。この海域の『ヌシ』が!」
カレンが即座に氷の壁を作り、未緒たちを守る。
海中から姿を現したのは、ビルほどもある巨大な深紅の甲羅。そして、空をも切り裂かんばかりの禍々しい巨大なハサミ。
Sランク魔物――『巨大シザーズ・クラブ(深紅の断罪者)』。
そのハサミに挟まれれば、いかなる超硬度合金も紙屑のように切り刻まれるという、まさに海の暴君だった。
『ギィィィィィィィィィィンッ!!』
黒板を爪で立てたような不快な咆哮が響き渡る。
遠くの安全地帯で見ていた金髪男たちは、「ヒィィッ! 出た! デス・ゾーンの処刑人だ! 逃げろ、早く逃げろォォッ!」と絶叫して泡を吹いている。
だが、その怪物と対峙した俺の第一声は、歓喜に満ちていた。
「うおおおおっ! すげぇ! 願いが通じたのか、向こうから『特大タラバガニ』が歩いてきたぞ!」
「「「…………」」」
SP軍団が呆然とする中、俺は目を輝かせて巨大な蟹を見上げた。
俺の目には、それが世界を滅ぼす凶悪な魔物ではなく、**『食べ応えのありそうな、鮮度抜群の高級海鮮食材』**にしか見えていなかった。
『キ、キシャァァァァァッ!?(人間が……笑っているだと!?)』
魔物としてのプライドを傷つけられたシザーズ・クラブが、怒りに任せてその巨大なハサミを振り下ろした。
一撃で砂浜をクレーターに変えるほどの破壊力。
しかし。
「こら! 暴れるな! 砂が跳ねてコンロに入っちゃうだろ!」
俺は、懐から取り出した『カニ割りバサミ(※ホームセンターで100円)』を、まるでお祓いの棒のように突き出した。
「お前みたいな活きのいいやつは……まず『殻』を外して、大人しくしてもらうからな!」
対象:巨大な殻に包まれた『鮮度抜群の高級食材(Sランク魔物)』。
処理:身を一切傷つけることなく、外側の硬い殻と不純物(毒袋)のみを分子レベルで分離、除去する。
「――『解体』!!」
シュババババババババッ!!!
俺がカニ割りバサミを空中でカチカチと鳴らした瞬間。
巨大シザーズ・クラブの巨体が、まばゆい光に包まれた。
『ギ、ギョ、ギョエェェェェェェッ!?』
次の瞬間、信じられない光景が広がった。
ビルほどもあったシザーズ・クラブの真っ赤な硬い殻が、まるで熟した果実の皮が剥けるように、一斉に、そして完璧な美しさでパカッと外れたのだ。
パラパラパラ……。
砂浜に降り注ぐのは、もはや凶悪な武器ではない。
綺麗に洗浄され、内臓(毒)も完璧に処理された、白く輝く、ぷりっぷりの「カニの足の身」の山だった。
「よしよし。殻を剥く手間が省けたな。これならすぐに焼けるぞ」
俺は、殻を失ってプルプルと震えている「蟹だったもの」の身を、トングで軽々と持ち上げた。
『…………(絶望)』
もはや魔物としての威厳はゼロ。
そこにあるのは、人類の食欲をそそるだけの、極上のタンパク質であった。
「「「…………」」」
SP軍団ですら、その「あまりにも鮮やかな食材化」に言葉を失っている。
ジャンの持っていたシャンパングラスが、砂の上にポトリと落ちた。
「……ありえませんわ。Sランク魔物の超硬度外殻を、あんな100円のハサミで『蜜柑の皮』みたいに剥いてしまうなんて……」
「しかも、一番美味い瞬間に『熟成』までかかっていやがるぜ。Bossの包丁……いや、ハサミ捌き、神を越えてやがる」
「おーい、ジャン! バターと醤油持ってきてくれ! 最高のカニステーキ作るぞ!」
俺の能天気な声が、静まり返ったビーチに響き渡る。
こうして、デス・ゾーンの覇者であった巨大シザーズ・クラブは、戦う間もなく「殻なしの剥き身」へと解体され、九条家のBBQのメインディッシュとして、網の上で香ばしい匂いを放ち始めたのである。




