EP 2
「遊泳禁止」の看板? ゴミの不法投棄のことだな。特級海域を『プライベートビーチ』に
「よし、この辺でいいか。未緒、レジャーシート敷いてくれ」
「はーい、お兄ちゃん」
『遊泳禁止』という禍々しい立て札を通り過ぎた俺たちは、誰もいない真っ白な砂浜に、ホームセンターで買った千円のパラソルを突き立てた。
「ふむ、さすがはBossの選んだ地。他の有象無象がおらず、我らが羽を伸ばすには最適なプライベートビーチですな」
「本当に。波の音と、この禍々しい……いえ、心地よい海風が最高ですわ」
アロハシャツ姿のジャンがパラソルの下で優雅にフルーツを剥き、ビキニ姿のカレンが日焼け止めを塗りながら微笑む。
ジャックは波打ち際で「マッスル・サンシャイン!」と叫びながらポーズを決め、アーニャは砂に半分埋まりながら周囲の警戒(ただの砂遊び)をしている。
しかし、そんな俺たちののどかなバカンス風景を、遠く離れた『安全地帯(一般ビーチ)』から、先ほどの金髪大剣男(Sランク)と取り巻きたちが、双眼鏡を片手に血の気を引かせて見つめていた。
「あ、あいつら……正気か!? あのパラソルを立てた場所は、凶悪な魔物が砂の中に潜む『処刑の砂浜』だぞ!?」
「それに、あの目の前の海は……近づくだけで特級の海棲魔物に引きずり込まれる、生存率0%の『魔の海域』……! 集団自殺する気なの!?」
ギャーギャーと騒ぐ外野の声など、波の音にかき消されて俺には届かない。
「んー! 準備体操終わり! いっちょ泳いでくるか!」
俺は屈伸とアキレス腱伸ばし(ラジオ体操第一)を完璧にこなし、海へと歩き出した。
だが、波打ち際に近づくにつれ、俺は眉をひそめた。
「……なんだこの海。近くで見ると、めちゃくちゃ汚いじゃないか」
遠目にはエメラルドグリーンに見えた海だが、足元にはドス黒いヘドロのようなものが漂い、沖合には巨大な流木や、トゲトゲした不気味な海藻が大量にうねっている。
これでは、未緒やアーニャたちを安心して泳がせることはできない。
「なるほどな。だから『遊泳禁止』なんだ。不法投棄されたゴミと、大量の海藻で足をすくわれたら危ないからな」
俺のオカン的解釈が、特級海域の恐ろしさを「ただの管理不足の市民プール」レベルへと引き下げた。
「しょうがない。泳ぐ前に、パパッと掃除(ゴミ拾い)しとくか」
俺は、背負ってきた荷物の中から、柄が伸縮する『プール用のゴミすくい網』を取り出した。
「お兄ちゃーん! 気をつけてねー!」
「おう! すぐ綺麗にするから、お前らは水着に着替えて待ってろ!」
俺がズカズカと膝下まで海に入った、その瞬間だった。
――ボッッッパァァァァァァンッ!!
「……!」
海面が突如として爆発したように盛り上がり、俺の周囲を取り囲むように、巨大な水柱が何十本も立ち上がった。
現れたのは、鋭い牙を剥き出しにした全長10メートルを超える『ブラッド・シーサーペント(Aランク)』の群れと、四本の腕に凶悪な槍を持った『マーダー・サハギン(Aランク)』の大軍勢だった。
『ギシャァァァァァァッ!!』
『人間ダ! 久シブリノ生肉ダァァッ!!』
血に飢えた海の魔物たちが、一斉に俺に向かって襲いかかってくる。
遠くで見ている金髪男たちは「ヒィィッ! 終わった! 一瞬でミンチにされるぞ!」と悲鳴を上げて目を背けた。
だが。俺の目に映っていたのは、魔物ではなかった。
「……うわぁ、なんだこれ。めちゃくちゃ生臭い『浮きゴミ』と、トゲトゲの『巨大昆布』が大量に流れてきたぞ」
俺は鼻をつまみ、ウンザリした顔ですくい網を構えた。
「こんな尖ったゴミや昆布が足に絡まったら、溺れちゃうだろうが!!」
俺は、襲いかかってくるシーサーペント(巨大昆布)とサハギン(生臭いゴミ)の群れに向かって、プールの落ち葉をすくうような軽快な動作で、網を大きく振り抜いた。
対象:海面および海中に漂う『不衛生な浮遊物(特級魔物)』および『水質汚染物質』。
処理:網の目を通過する瞬間に、不純物を分子レベルで濾過・解体し、綺麗な海水のみを残す。
「海水浴場のマナーを守れェェッ!! ――『解体』!!」
ザシュゥゥゥゥゥゥッ!!
俺の振るった網が、海面を撫でた。
その直後。
俺に牙を剥いていた数十匹のシーサーペントやサハギンの大群が、網に触れた端から「ポンッ!」という間の抜けた音を立てて、一瞬にして消滅したのだ。
『……ギ、ゲェェェェッ!?(解せぬッ!?)』
魔物たちは断末魔を上げる暇すらなく、文字通り「網ですくわれたゴミ」として空間から濾過され、完全に解体されてしまった。
シュワァァァァ……。
そして、魔物たちが消滅したと同時に、彼らが撒き散らしていたドス黒い瘴気もすべて浄化され……。
俺の目の前に広がっていた禍々しい死の海域は、ハワイのパンフレットに載っているような、底の真っ白な砂粒まで透けて見える『超極上のクリスタル・オーシャン』へと劇的な変化を遂げたのである。
「よしよし、これで水質検査もバッチリだな」
俺は網の先をポンポンと払い、透明度100%になった海面を見て満足げに頷いた。
「「「…………」」」
遠くの安全地帯から双眼鏡で覗いていた金髪男と取り巻きたちは、立ったまま完全に石化していた。
Aランクの魔物の大群が、ただの『ゴミすくい網』で一撫でされただけで消滅し、あまつさえ特級ダンジョンの環境そのものが「ただの綺麗な海」に書き換えられてしまったのだ。
「……あ、ありえねえ。あいつ、一体何者なんだ……!? 神か……? 海の神の化身なのか……!?」
金髪男は震える膝から崩れ落ち、俺の後ろ姿に向かって、無意識のうちに祈りのポーズをとっていた。
「おーい! みんなー! ゴミ拾い終わったぞー! こっちは水も綺麗だし波も穏やかだ、安心して泳いでいいぞー!」
俺がビーチに向かって大きく手を振ると、水着に着替えた未緒やアーニャたちが「わーい!」「さすがBoss!」と歓声を上げながら、浮き輪を持って駆け寄ってきた。
「ルン♪ ルーン♪」
魔王ルンバも、俺の足元でピチャピチャと水を跳ねて喜んでいる。
こうして、世界中のSランク探索者が恐れ、決して近づかなかった『死の海域』は、一人の清掃員の「プールの掃除」によって、九条家専用の最高級プライベートビーチへと生まれ変わったのであった。




