EP 10
文化祭の後夜祭。各国首脳が「清掃会社のパンフレット」を奪い合う
「いーやー、今年の文化祭は最高だったね、お兄ちゃん!」
すっかり日が落ちた第一探索者学園のグラウンド。
中央で赤々と燃え盛る巨大なキャンプファイヤーの火を眺めながら、未緒が満面の笑みでりんご飴をかじっていた。
「ああ、色々あったけど、最後は綺麗に片付いてよかったな」
俺は缶コーヒーをすすりながら、平和な空気を満喫していた。
ミネストローネは大繁盛で完売。タイムアタック(ゴミ拾い)は0.5秒で優勝。泥靴で上がり込んできたテロリストたちは、全裸で校舎中の雑巾がけを終えた後、警察に引き渡した。
そして俺の足元では、元・大魔王の『魔王ルンバ』が、「ルン♪ ルン♪」とご機嫌な駆動音を鳴らしながら、生徒たちが落としたポップコーンを熱心に吸い込んでいる。うん、実によく働くいい家電だ。
「よし。せっかくこれだけ人が集まってるんだ。少し『営業』しておくか」
俺は持参していたトートバッグから、束になった紙の束を取り出した。
深夜に自宅の安いプリンターで印刷した、手作りのチラシである。
そこには、太字の明朝体でこう書かれている。
『株式会社・九条清掃 ~あなたの街の汚れ、なんでも落とします~』
『基本料金:1時間3000円(※頑固なカビ、スライムの体液、ダンジョンの粗大ゴミ等、特殊清掃は要相談)』
「来賓席にいるあのお偉いさんたち、いかにも大きな会社や豪邸を持ってそうだしな。定期清掃の契約が取れれば、うちの売り上げも安泰だ」
俺はチラシの束を片手に、キャンプファイヤーの特等席で歓談している各国のVIPたち――ギルドマスターや政府高官、大企業の社長たちのグループへと歩み寄った。
「あ、どうもこんばんは。文化祭、楽しんでますか?」
俺が愛想笑いを浮かべて声をかけた瞬間。
「「「「――ッ!!??」」」」
VIPたちは、まるで死神に肩を叩かれたかのようにビクゥッ!と跳ね上がり、全員が一斉に直立不動の姿勢をとった。彼らの顔面は滝のような冷や汗で濡れている。
「ひぃっ! あ、あ、あの時はスープに土下座して申し訳ありませんでしたァッ!」
「わ、我々は決して、泥靴で廊下を歩いたりしておりません! 靴の裏は除菌シートで三回拭きました!!」
なぜか全員が震え声で弁明を始める。
なんだこの人たち。もしかして俺のこと、学校の風紀委員か何かと勘違いしてるのか?
「いやいや、怒ってないですよ。今日は皆さんに、ちょっとご案内がありまして」
俺はニコニコしながら、手作りのチラシをスッと差し出した。
「俺、個人で清掃会社やってるんですけどね。もしお宅のオフィスやダンジョンで『落とせない汚れ(粗大ゴミ)』が出たら、いつでも呼んでください。1時間3000円から、どこでも出張しますんで。はい、これパンフレットです」
一番手前にいたアメリカのトップギルドマスターに、チラシを一枚手渡す。
彼は震える手でそれを受け取り、そこに書かれた文字を読んだ。
『株式会社・九条清掃』
『あなたの街の汚れ(Sランク魔物、大魔王、テロリスト等)、なんでも落とします(物理的消滅)』
『基本料金:1時間3000円(※国家予算の100万分の1)』
……彼らの脳内で、俺のチラシの文言は、完全に『そう(曲解)』翻訳されていた。
「い、1時間3000円……? たった30ドルぽっちで、この『歩く世界最恐の災害』と、背後に控えるSSS級の怪物たち(SP軍団)を、我が国の武力として雇える……だと……?」
アメリカのギルドマスターが、ワナワナと唇を震わせた。
「こ、これはただの清掃パンフレットではない……! 『九条独立国』との、事実上の【絶対防衛・軍事同盟契約書】だァァァッ!!」
「な、なんだとォォォッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、周囲のVIPたちの目の色が変わった。
一瞬前までの恐怖は消え去り、今や彼らの目は『血に飢えた獣』のように血走っている。
「そ、そのパンフ、一枚寄越したまえ! 我がイギリスが、1時間3億円で専属契約を結ぼう!」
「ふざけるな! フランスは国家予算の半分、いや、ベルサイユ宮殿を本社ビルとして提供する! だから我々にその契約書をッ!」
「アラブの油田を三つ付けよう! 頼む、我が国を『掃除』してくれぇぇぇッ!!」
ドワァァァァァァァァッ!!
最高級のスーツを着た世界各国のトップエリートたちが、俺の持つ50枚ぽっちのチラシを目掛けて、ラグビーのスクラムのように殺到してきた。
「うおっ!? ちょ、押さないで! 順番に渡すから!」
「どけぇぇぇッ! その神の契約書は私がもらうゥゥゥッ!!」
「私の顔面を踏むなロシアの豚ァッ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
いい歳したおじさんたちが、取っ組み合いの喧嘩をしながら「100億!」「いや1000億だ!」と謎のオークションを始めている。
「……なんだこの人たち。清掃業者に100億って……よっぽど家がゴミ屋敷で悩んでるんだな。金持ちって大変だ」
俺は呆れながら、宙に舞うチラシを奪い合うVIPたちを眺めていた。
「フッ……愚かな権力者どもめ。王(Boss)の寵愛を、紙切れ一枚で買えると思っているとは」
「まあ、気持ちはわかりますけれど。あの一枚があれば、世界戦争が起きても3000円で勝てますものね」
少し離れた場所で、SPのジャンとカレンが優雅にシャンパンを傾けながら、血みどろのパンフレット争奪戦を冷笑している。
「ルン♪ ルーン♪」
大混乱の足元では、魔王ルンバがVIPたちのちぎれたスーツの切れ端を嬉しそうに吸い込んでいた。
「おーい、怪我するから落ち着いて並んでくれー! 明日にはもっと刷ってくるからさー!」
夜空に打ち上がる文化祭のフィナーレを飾る花火。
その美しい光の下で、ただの清掃員である俺の会社は、本人の全く預かり知らぬところで『世界最高峰の軍事・清掃機関』として、各国の歴史にその名を深く、そして恐ろしく刻み込むことになったのである。




