EP 9
学園の地下に封印されし大魔王、湊の『深層クリーニング』で可愛いルンバに
「イチ! ニ! イチ! ニ!」
「そこ、拭き残しがあるぞ! 腕の振りが甘い!」
「ハ、ハイィィッ! 申し訳ありません、すぐやり直しますゥゥッ!」
学園の中央廊下。
つい先程まで銃を乱射していたテロリスト(魔王軍の残党)数十人が、全裸で一列に並び、涙を流しながら一生懸命に雑巾がけをしている。
俺は腕を組み、鬼の現場監督(清掃リーダー)として彼らを厳しく指導していた。
「……信じられない。あの凶悪な『黒き牙』が、全裸で床を磨いている……」
「しかも、めちゃくちゃ良い笑顔で……」
人質になっていたエリート生徒や保護者たちは、腰を抜かしたまま、あまりにもシュールな光景を前に完全に思考停止していた。
各国のVIPたちに至っては「あの男を怒らせたら、我々も国ごと全裸にされて雑巾がけをさせられる……!」と、ブルブル震えながら祈りを捧げている。
「ふぅ……よし。だいぶ元の輝きを取り戻してきたな」
俺が満足げに頷いた、その時だった。
「――ふざけるなァァァッ!! 魔王軍の誇りを、これ以上踏みにじらせてたまるかァァァッ!!」
雑巾がけの列の先頭にいたリーダーの大男が、突如として血走った目で叫んだ。
全裸のまま立ち上がった彼の右手には、禍々しい紫色の光を放つ『結晶』が握られていた。
「対象が隠し持っていた魔石を起動しましたわ!」
「Boss! 危ねえ!」
カレンとジャックが物陰から叫ぶ。
「我々の本当の狙いは、この学園の地下に眠る『大魔王様』の封印を解くことだ! 貴様ら全員、大魔王様の復活の生贄となれェェェッ!!」
大男が魔石を床に叩きつけると、ドゴォォォォォォンッ!!という地鳴りとともに、学園全体が激しく揺れ始めた。
――ピキッ、メキメキメキッ!
大理石の床に巨大な亀裂が走り、地下深くから、底知れぬ漆黒の瘴気が間欠泉のように噴き出した。
その瘴気は渦を巻き、やがて巨大な『黒い影』を形作っていく。
天井を突き破るほどの巨体。頭には山羊の角が生え、全身からあらゆる生命を死滅させる濃密な邪気を放つ、絶望の化身。
数百年ぶりに世界に解き放たれた、『大魔王』の真の姿だった。
『……ォォォォ……。我ヲ、呼ビ覚マシタノハ、誰ダ……』
大魔王が低い唸り声を上げると、それだけで周囲のガラスが粉々に砕け散り、生徒たちは泡を吹いて次々と気絶していった。
「おおおっ……! 大魔王様! お待ちしておりました!」
「さあ、この愚かな人間どもを、一瞬にして消し炭に――」
テロリストたちが歓喜の涙を流してひざまずく。
VIPたちは「おしまいだ……世界が滅びる……」と完全に諦めの境地に達していた。
だが、そんな絶望のどん底にあって、ただ一人。
俺の心の中では、世界滅亡への恐怖など微塵もなく、ただ『純粋なオカンの怒り』だけが限界突破していた。
「…………お前ら」
俺は、ワナワナと震える手で、足元を指差した。
「せっかく……せっかく綺麗にワックスを塗り直した床を……。また割って……しかも、地下からとんでもない量の『ホコリとカビ(瘴気)』を撒き散らしやがってェェェッ!!」
「「「…………え?」」」
大魔王復活の恐怖よりも、床を割られたことへの怒りが勝った。
俺の目に映る大魔王は、もはや『数百年ぶりに押し入れの奥から引っ張り出されて、カビとホコリとダニが大量にこびりついた、特大の黒いクッション(粗大ゴミ)』でしかなかった。
「お前みたいな不衛生なカビの塊は! 漂白剤に漬け込んで、天日干しにしてやる!!」
俺は、愛用のモップを天高く掲げた。
対象:大魔王という名の『数百年分の蓄積汚れ(邪気とカビ)』。
処理:対象の深層まで浸透する徹底的な滅菌、脱臭、および不純物の完全排除。
「――『解体』!!」
ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
俺がモップを大魔王の巨大な腹に全力で突き立てた瞬間。
清浄なる光の波紋が、大魔王の全身を駆け巡った。
『……ガ? ギィィィィィッ!? 我ノ、我ノ邪気ガァァァッ!?』
大魔王が悲鳴を上げる。
長年蓄積された禍々しい邪気は「ただの頑固なカビ汚れ」として、モップの除菌成分(魔力)によってシュワシュワと音を立てて分解されていく。
さらに、周囲にばら撒かれていた瘴気も、すべてモップに吸着され、ピカピカに浄化されてしまった。
『グオォォォォォ……! 体が……縮ンデ……イク……ッ!?』
構成要素である邪気(汚れ)を完全に落とされた大魔王は、その巨体を維持できなくなり、みるみるうちに小さく圧縮されていった。
シューン……という情けない音と共に、大魔王の姿が煙の中に消える。
「……あー、スッキリした。なんだ、ただのホコリの塊だったか」
俺がモップを肩に担ぎ直して煙を払うと。
そこには、世界を滅ぼす大魔王の姿はもうなかった。
代わりに、床の上にコロンと転がっていたのは――。
「……ウィーン。ガシャッ。ルン♪」
直径30センチほどの、黒くて丸い、円盤型の物体だった。
申し訳程度に小さな山羊の角が生えているが、どう見ても『自動掃除機』である。
「お、なんだこれ。自動掃除機か? 地下にこんな便利な家電が眠ってたのか」
「ルン、ルン♪」
魔王ルンバ(元・大魔王)は、俺にすり寄るように足元をくるくると回り、割れた床の破片や、テロリストたちの落とした泥を、健気にウィィィンと吸い込み始めた。
完全に『掃除の喜び』に目覚めてしまったようだ。
「……」
「……」
全裸のテロリストたちは、自分たちの神とも呼べる存在が「ルン♪」と鳴きながら床のゴミを吸っている姿を見て、ついに心がポッキリと折れた。
「あ、あはははは……。魔王様が、床を、拭いてるぅ……」
「俺たち、なんでこんなバケモノ(清掃員)に喧嘩売っちゃったんだろうな……」
大男たちは虚ろな目で笑い出し、そのままパタリと倒れて白目を剥いた。
「よし、魔王ルンバ! そっちの廊下の隅っこ、ホコリ溜まってるから頼むぞ!」
「ルンッ!(お任せください、ご主人様!)」
俺が指示を出すと、魔王ルンバは嬉しそうに回転しながら廊下の奥へと消えていった。
「いやー、いい拾い物をしたな。未緒も喜ぶぞ」
俺が呑気に笑っている背後で。
人質だった生徒たちやVIPたちは、全裸で気絶するテロリストたちと、ルンバに成り果てた大魔王を交互に見比べながら、「この男には、一生逆らわないでおこう」と、魂の底から誓い合っていた。
こうして、世界を滅亡の危機に陥れたテロ事件は、床のワックスがけと、一台の優秀な自動掃除機の獲得という形で、平和裏(?)に幕を閉じたのであった。




