EP 7
テロリスト(魔王軍の残党)が乱入! 泥靴で廊下を汚す大罪を犯す
「ふぅ、これでよし。あとは乾くのを待つだけだな」
学園の中央棟、一階のメインストレート廊下。
ダンジョンでのゴミ拾い(0.5秒クリア)を終えた俺は、持参していた業務用ワックスとモップを使い、大理石の床をピカピカに磨き上げていた。
せっかくの文化祭だ。他校の生徒や来賓も多いのに、廊下がホコリっぽかったら見栄えが悪い。
俺の『解体』によって磨かれた床は、もはや鏡のように天井のシャンデリアを反射し、ハエが止まっても滑って転ぶほどの究極の輝きを放っていた。
「うんうん、いい仕事したな、俺」
腰に手を当てて満足げに頷いていた、その時だった。
――ガシャァァァァァァァンッ!!
突然、中央棟の巨大なエントランスのガラス扉が、爆発音と共に粉々に吹き飛んだ。
「キャアアアアァァァッ!?」
「な、なんだ!?」
文化祭を楽しんでいた生徒たちや保護者の悲鳴が響き渡る。
濛々と立ち込める爆煙の中から姿を現したのは、真っ黒な戦闘服に身を包み、物騒なアサルトライフルやどす黒い魔力を纏った杖を構えた、数十人の武装集団だった。
「泣き喚くな、エリートの豚ども!! 我らは魔王軍残党『黒き牙』! この学園は我々が占拠した!!」
リーダー格と思われる、顔に大きな傷のある大男が、天井に向けてライフルを乱射しながら怒鳴り声を上げた。
「動く者は容赦なく殺す! 貴様らには、我らが同胞をダンジョンに封じた『世界連合』に対する人質となってもらう!!」
本物のテロリストの乱入である。
しかも、かつて世界を恐怖に陥れた『魔王軍』の生き残り。彼らから立ち昇る血生臭い殺気に、エリート生徒たちも腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。
「ひぃぃっ……!」
「た、助けて……!」
絶望的な空気がエントランスを支配する。
テロリストたちは獲物をいたぶるような下劣な笑みを浮かべ、土足のまま、ドカドカと学園の中央廊下へと足を踏み入れた。
ベチャッ。
ギュッ、ドロドロドロッ。
彼らの履いている重厚な軍靴には、アジトのある荒野の泥や、道中で殺してきたであろう魔物の体液が、ベットリとこびりついていた。
そんな汚いブーツで、彼らは意気揚々と、俺がたった今磨き上げたばかりの『鏡面の廊下』を蹂躙し始めたのだ。
「ヒャハハ! いいザマだぜ、お坊ちゃんお嬢ちゃんたちよォ!」
「さあ、お偉いさん(VIP)はどこに隠れてる? 全員引き摺り出してやる!」
彼らが一歩歩くごとに、ピカピカだった大理石の床に、黒く汚らしい泥の足跡がスタンプのようにベチャ、ベチャと刻み込まれていく。
……その時だった。
人質の中に混ざっていた各国のVIPたち(先ほどまで俺のスープに土下座していた面々)が、テロリストの銃口ではなく、その『足元』を見て、サーッと顔面を蒼白にさせた。
「お、おい……嘘だろ……?」
「あいつら……なんて恐ろしいことを……ッ!!」
VIPの一人が、ガタガタと震えながら呻いた。
「よりにもよって……あの『歩く災害(九条湊)』が、三度塗りで仕上げたばかりのワックスの上を……『泥靴』で歩きやがった……ッ!!」
「お、おしまいだ……! テロリストどころじゃない、この学園ごと世界が消滅するぞォォォッ!!」
テロリストのリーダーは、突如としてVIPたちが半狂乱になって頭を抱え始めたのを見て、訝しげに眉をひそめた。
「あァ? なんだお前ら、恐怖で頭がおかしくな――」
「――おい」
地獄の底から響くような、低く、そして絶対零度よりも冷たい声が、廊下の奥から響き渡った。
「「「「……ッ!?」」」」
テロリストたちが一斉に銃や杖を構え、声のした方向――廊下の突き当たりを睨みつける。
そこに立っていたのは、一本のモップを握りしめた、しまむらのポロシャツ姿の青年だった。
「なんだテメェは! 清掃員か!? 死にたくなければそこをど――」
「……お前ら。目、ついてないのか?」
俺は、うつむいたまま、ワナワナと震える手で『ある場所』を指差した。
「入り口に……『土足厳禁・スリッパに履き替えてください』って、張り紙がしてあっただろうがァァァッ!!」
俺が顔を上げた瞬間。
テロリストたちは、全員息を呑んだ。
そこにいたのは、ただの冴えない清掃員ではない。
自分の苦労(三度塗りのワックスがけ)を一瞬にして泥で台無しにされた、世界で最も恐ろしい存在――『激怒したオカン』の姿だった。
「俺が! さっき! 汗水垂らして磨き上げたばっかりの床をッ! よりにもよって、そんな汚ねぇ泥靴で歩き回りやがってェェェッ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
俺の怒りに呼応して、学園全体が、いや、空間そのものが悲鳴を上げて軋み始めた。
背後の物陰からひっそりと様子を窺っていたジャックたちSP軍団も、かつてないほどの『王(Boss)の逆鱗』に触れた恐怖で、ガチガチと歯を鳴らして抱き合っている。
「終わった……。テロリストども……魂すら残らねえぞ……」
「あれほど、掃除したての床には入るなと……!」
「テロリストだか何だか知らねえがな! 他人の家(学園)を汚すなら、それ相応の『落とし前』をつけてもらうぞ!!」
俺はモップをバトンのようにくるりと回し、テロリスト軍団のど真ん中へと向かって、凄まじい踏み込みで突進した。
「ひぃぃッ!? う、撃て! 撃てェェェッ!!」
命の危機を悟ったテロリストたちが、一斉にアサルトライフルと魔法の猛火を俺に向けて放つ。
だが、そんなものは今の俺にとって、ただの『邪魔なホコリ』でしかなかった。




