EP 3
妹の模擬店が嫌がらせで食材ゼロに。実家の『神殺しトマト』を差し入れます
「えーっと、未緒のクラスの模擬店は……『1年C組・特製ミネストローネとパンの店』か。ここだな」
学園の広場に立ち並ぶテント群の中。俺はパンフレットを片手に、目的の場所を見つけた。
だが、近づいてみると様子がおかしい。
お昼時で他のテントには行列ができているというのに、1年C組のテントの前には客が一人もいない。
それどころか、クラスメイトの生徒たちが青ざめた顔で立ち尽くし、未緒がテントの奥で半泣きになっているのが見えた。
「……未緒! どうした、何かあったのか!?」
俺が駆け寄ると、未緒はハッとして俺を見た。
「お兄ちゃん……! どうしよう、お店が出せなくなっちゃったの……!」
未緒が指差した先――テントの裏に設置された簡易キッチンを見て、俺は言葉を失った。
ひどい有様だった。
調理台は泥だらけに汚れ、発注してあったはずの大量の野菜や肉は、すべて床にぶちまけられて踏みにじられている。さらに、微かな『腐敗の魔力』まで残留していた。
「……なんだこれ。どうしてこんなことに」
俺が低い声で問うと、クラスの男子生徒が悔しそうに拳を握りしめた。
「さっき、Aクラスのエリート連中が数人でやってきて……『底辺クラスのゴミどもは、泥水でも売ってろ』って、魔法で食材を全部ダメにしていったんです……! あいつら、親が学園のスポンサーだからって、やりたい放題で……!」
話を聞く限り、先ほど正門で俺に絡んできた伊集院カケル(Aランク)の取り巻き連中の仕業だろう。
未緒のクラスは支援職などの非戦闘員が多く、学園内では見下される立場にあるらしい。だからといって、一生懸命準備した文化祭をこんな陰湿な手でぶち壊すとは。
「ヒドイですわ……! 食べ物を粗末にするなんて、許されざる大罪!」
「Boss! 俺が今すぐAクラスのテントを雷で黒焦げにしてきやしょうか!?」
「標的の顔は割れています。暗殺は5分で完了します」
「我の包丁で、奴らの指をみじん切りにしてくれる!」
背後の居候(SP)軍団が、俺以上にブチギレて一斉に武器を構え始めた。
だが、俺は片手で彼らを制止した。
「待て。お前らは手出しするな。……それより」
俺は、泥だらけにされた調理台と、踏みにじられた野菜の残骸を見下ろした。
俺の心の中で、かつてないほどの『怒り(オカンモード)』の炎が燃え上がっていた。
「……誰だ。神聖な厨房に『泥靴』で入り込んで、大切な『食材』を粗末にした大バカ野郎は……!!」
怒るポイントはそこである。
食費を切り詰めて生きている主婦(清掃員)にとって、食品ロスとキッチンの汚れは万死に値する大罪だ。
「未緒、泣くのはやめろ。こんなの、俺が5分で綺麗にしてやる」
俺は持参していたバッグから、愛用の『ハンディモップ(除菌プラス)』を取り出した。
対象:厨房内の『泥』『腐敗魔力』および『悪意の残滓』。
処理:完全なる拭き取りと、徹底的な滅菌コーティング。
「――『解体』!!」
シュバッ!と俺がモップを一振りした瞬間。
テントの中を、清浄な光の波紋が吹き抜けた。
ドロドロだった調理台は鏡のようにピカピカに磨き上げられ、空気に漂っていた腐敗臭は完璧に消臭される。
あっという間に、保健所も満点をつける無菌キッチンが復活した。
「えっ……!? 一瞬で綺麗に……!?」
「未緒の兄貴、何者なんだ……!?」
クラスメイトたちが目を丸くする。
「よし、掃除は完了だ。あとは食材だな」
俺は、後ろに控えていたジャックを振り返った。
「おい、ジャック。持ってきた『アレ』出せ」
「YES、Boss! これですね!」
ジャックが、重々しい金属製のアタッシュケース(保冷機能付き)をテーブルの上にドンッと置いた。
カチャリとロックを外し、蓋を開ける。
中から現れたのは――。
「うわっ!? 目が痛いっ!?」
「な、なんだこの赤い光は……魔力結晶か!?」
クラスメイトたちが悲鳴を上げて目を覆う。
アタッシュケースの中に鎮座していたのは、ルビーのように眩い光と、圧倒的な生命エネルギー(マイナスイオン)を放つ真っ赤な球体。
「安心しろ。ただの家で採れた『トマト』だ。ちょっと余ってたから、差し入れに持ってきたんだよ」
そう、ロシア国家が不老不死の果実だと断定し、世界を裏で狂わせているチートアイテム――『神殺しトマト』である。
さらに俺は、別のタッパーを取り出した。
「スープなら、出汁がいるだろ? これも昨日の夕飯の残りだけど、クラーケン……じゃなかった、大きなイカのゲソだ。いいダシが出るぞ」
東京湾の特級ダンジョンボス『深海のクラーケン』の切り身。一口でSランク並の魔力を回復させる伝説の魔物肉だ。
「さあ、みんなエプロンをつけろ! 時間は押してるが、まだ昼時には間に合う!」
俺が号令をかけると、SP軍団が一斉に動き出した。
「ジャン! トマトとタマネギのみじん切り!」
「ウィ、シェフ! 我が包丁の冴え、お見せしよう!」
「ジャック! コンロの火加減は任せた! 中火でじっくりだ!」
「オーケーBoss! 俺の雷で完璧な温度管理をしてやるぜ!」
「カレンは鮮度維持! アーニャは味見と盛り付け担当だ!」
「「了解しましたわ(ダー)!!」」
――こうして。
1年C組の小さなテントに、世界最強の厨房システムが爆誕した。
グツグツと煮え立つ大鍋。
神殺しトマトとクラーケンの旨味が融合し、俺の『解体(アク取り)』によって完璧に澄み切った黄金のスープへと仕上がっていく。
暴力的なまでの芳醇な香りが、テントを飛び出し、文化祭の会場全体へと風に乗って広がっていった。
「……な、なんだこの匂いは……!?」
「腹の底から、力が湧き上がってくるような……美味そうな匂い……!」
遠くでホットドッグを食べていた客たちが、一斉に鼻をヒクつかせ、フラフラと匂いの元――1年C組のテントへと引き寄せられ始めた。
「よし、準備完了だ! 未緒、客引きよろしくな!」
おたまで味見をした俺は、完璧な出来栄えに満足してニヤリと笑った。
さあ、世界を狂わせる『究極の屋台メシ』の提供開始だ。




