EP 2
エリート学園で「Fランク清掃員」と嗤われるが、背後の居候がガチギレ寸前
「……なんだこの学校。城かよ」
俺は、第一探索者学園の正門をくぐり抜け、思わずポカンと口を開けた。
大理石で舗装されたアプローチ、ヨーロッパの宮殿のような白亜の校舎、そして敷地の中央には巨大な噴水まである。
文化祭ということもあり、校内は高級スーツを着た保護者や、テレビ局のカメラ、さらには各国の有名ギルドのスカウトマンたちでごった返していた。
その中を、しまむら(1980円)のポロシャツを着た俺が、ビデオカメラを片手に歩いている。
「対象(Boss)、噴水広場へ進入。周囲に不審者なし。……ただし、視線が多いな」
「無礼な輩が多すぎますわね。師匠、一帯をブリザードで目隠ししましょうか?」
俺の背後では、黒スーツにサングラス姿のジャックとカレンが、インカムを押さえながら物騒な相談をしている。
アーニャは無言で周囲に鋭い眼光を飛ばし、ジャンに至っては懐のセラミック包丁に手をかけている。
「お前ら、絶対何もしないでって言ったよな? 視線が多いのは、お前らが映画の撮影みたいに目立ってるからだぞ」
俺が小声で注意していると。
「――おい。そこをどけ、貧乏人」
不意に、背後から鼻持ちならない声がかけられた。
振り返ると、そこにはいかにも「金持ち」というオーラを漂わせた恰幅の良い中年男性と、ブランド物の制服を着崩した男子生徒が立っていた。
周囲の保護者たちが「あっ、伊集院財閥の……」「息子の翔くんは、在学中にしてAランクの天才よ」とヒソヒソ噂している。
「あ、すいません。道塞いでましたか」
俺は素直に道を譲ろうと一歩下がった。
だが、伊集院カケル(Aランク)は、俺の顔を見るなりニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ん? お前……もしかして、1年の九条未緒の兄貴か?」
「え? ああ、そうだけど。未緒の友達?」
「ハッ! 誰が底辺の友達なんかになるかよ!」
カケルが俺のポロシャツを小馬鹿にするように指差した。
「親父、こいつが噂の『九条』だよ。妹は後衛スキルがマシだから入学できたが、兄貴の方は『解体(笑)』とかいうハズレスキルを持った、万年Fランクの清掃員なんだとさ!」
「ほう、清掃員か」
父親の伊集院(社長)が、汚いものでも見るような目で俺をねめつけた。
「我が校は、日本の未来を担うエリートが集う神聖な学び舎だ。……君のような、薄汚れた底辺のゴミが、安い服を着て歩き回っていい場所ではない。空気が汚れる。さっさと帰りたまえ」
テンプレのような見事な罵倒である。
普通ならここで怒るか、言い返すところだろう。
「あー、すいません。確かに俺、ただの掃除屋(清掃員)なんで。場違いでしたね」
俺は、全く怒るどころか、ペコペコと愛想笑いをして頭を下げた。
いや、事実だし。しまむらの服だし。それに、未緒の学校の保護者(しかも金持ち)とトラブルを起こして、未緒がいじめられたら困る。
ここはオトナの対応でスルーするのが一番だ。
「ほら、うちの連中も道開けて。通してあげて」
俺が背後の居候たちに声をかけた、その瞬間だった。
――ピキッ。
周囲の空気が、文字通り『凍りついた』。
「……ッ!?」
勝ち誇っていた伊集院親子の顔が、一瞬にして青ざめた。
彼らの目に映ったのは、Fランクの冴えない青年の背後で、一切の感情を消したまま、ただ静かにこちらを見下ろしている『4人の黒服』の姿だった。
(……許サナイ)
(……王ヲ愚弄シタ罪、死ヲモッテ償エ)
(……排除。完全ニ、排除シマス)
(……塵一つ残サズ、消シ炭ニシテヤル)
ジャックの巨体から、バチバチと漏れ出す数万ボルトの紫電。
カレンの足元から、大理石をひび割らせて広がる絶対零度の凍気。
アーニャの瞳の奥で妖しく光る、ロシア最高峰の暗殺者の殺意。
ジャンの懐から漏れ出る、空間そのものを切り裂くセラミック剣の剣気。
世界を滅ぼすレベルの『SSS級の殺気』が、一切の容赦なく、伊集院親子というちっぽけな存在に一点集中で叩きつけられていたのだ。
「ひ、ひぎぃっ……!?」
「あ、が……ば……ッ!」
カケルは白目を剥き、父親の社長はカニのように口から泡を吹き始めた。
彼らも一応は探索者だ。本能が、魂が理解してしまったのだ。
目の前にいるのは、人間ではない。
自分たちなど、瞬きする間に宇宙のチリにされる、圧倒的な『死という概念』そのものだと。
「ガクガクガクガク……ッ!!」
二人は立ったまま失禁し、生まれたての子鹿のように激しく震え出した。もはや息をするのすら忘れている。
「ん? どうしたんですか? いきなり震え出して」
俺は不思議そうに首を傾げた。
さっきまで威勢がよかったのに、急に顔が真っ青だ。
「あ、もしかして風邪ですか? 今日はちょっと冷えますもんね。無理せず保健室行ったほうがいいですよ」
俺が気遣って声をかけると、父親は「ヒィィィッ!!」と悲鳴を上げ、息子を抱えて猛ダッシュで逃げていった。
あっという間に人混みの彼方へと消えていく。
「……なんだあの人たち。トイレ我慢してたのかな?」
「Bossの慈悲深さに、感動して泣きながら走り去ったんだと思いますぜ」
ジャックがサングラスを押し上げながら、爽やかに(そしてまだ微かに紫電を纏いながら)答えた。
「あら、逃げ足だけはSランクですのね」
「命拾いしたな……」
「……排除完了。任務に戻ります」
カレンたちも、何事もなかったかのように元の「大人しいSP」に戻っている。
「まあいいや。ほら、未緒のクラスの模擬店、こっちのエリアらしいぞ。急ごう」
俺は、周囲の保護者たちが『あの黒服たち、何者!?』『伊集院社長が逃げ出したぞ!?』とパニックになっていることなど全く気づかず、のんきにパンフレットを広げて歩き出した。
世界最強の居候たちによる「無言の圧力」は、学園のヒエラルキーを、開始5分で早くも崩壊させようとしていた。




