第五章 妹のエリート学園文化祭で、オカンの掃除術が炸裂する
妹の文化祭に行きたい兄と、SPとして同行したがる世界最強の居候たち
「……ねえ、お兄ちゃん。本当に来るの?」
土曜日の朝。
アパート『ひまわり荘』の地下1階リビングにて、制服姿の未緒が、ため息まじりに尋ねてきた。
「当たり前だろ。唯一の保護者なんだから」
俺は、昨日ホームセンターで買ってきた新品のデジタルビデオカメラのバッテリーを確認しながら、胸を張って答えた。
今日は未緒が通う高校――『国立・第一探索者学園』の文化祭だ。
国が莫大な予算を投じて設立した、将来のSランク探索者を育成するための超エリート校。生徒の9割が大企業の御曹司や有名探索者の血縁者という、バリバリの特権階級の集まりである。
万年Fランク(清掃員)の俺の妹がそんな学校に通えているのは、未緒が奇跡的な確率で優秀な後衛支援スキルを発現させたからだ。
「お兄ちゃんが来てくれるのは嬉しいけど……うちの学校、性格悪いお金持ちばっかりだから、お兄ちゃんがバカにされないか心配で……」
未緒が申し訳なさそうにうつむく。
なるほど、Fランクの冴えない兄貴が来たら、肩身の狭い思いをするんじゃないかという、妹なりの気遣いだな。
泣ける。いい子に育ったものだ。
「気にするな。誰に何を言われようと、俺は未緒の晴れ舞台(模擬店)を見に行くぞ。……よし、カメラの準備OK! スリッパも持った!」
俺が意気揚々と立ち上がった、その時だった。
「Wait!! Bossが外の世界(外界)に出るだと!?」
キッチンで生卵をジョッキ飲みしていたジャックが、目玉を飛び出させて叫んだ。
「王のお出ましとあらば、我ら眷属が同行しないわけにはいかない!!」
「ええ! 師匠の尊き御身に、下界の薄汚れた塵が触れることなどあってはなりませんわ!」
ジャガイモを剥いていたジャンと、紅茶を淹れていたカレンが、血相を変えて飛んできた。
さらに、農作業着姿のアーニャまでが、スパイ用のインカムを装着して現れる。
「……現在、九条国周辺に不審な気配なし。ですが、学園という不特定多数が集まる閉鎖空間は、テロリストの絶好の標的です。最高レベルの警護体制が必要です!」
「「「我らも同行(護衛)するぞ、湊(Boss/師匠/王)!!」」」
四人の世界最強エリートたちが、俺の前にズラリと並んで直立不動の姿勢をとった。
「え、いや、ただの高校の文化祭なんだけど……」
俺はドン引きした。
保護者同伴の文化祭に、金髪のマッチョ、氷の女帝、フランスの聖騎士、ロシアの元暗殺者がゾロゾロついてきたら、完全に浮く。というか不審者だ。
「ダメだ! お前ら目立つから留守番してろ! 特にジャン、そのフルプレートアーマーで学校に行ったら一発で通報されるぞ!」
「なんと……! この栄光の鎧が、通報対象(不審物)だと……!?」
ジャンがショックで膝から崩れ落ちる。
「Bossの言う通りだぜ。俺たちはあくまで『裏方(清掃員)』。悪目立ちして、九条国の威信に傷をつけるわけにはいかない」
ジャックが腕を組み、深刻な顔で頷いた。
おっ、珍しくジャックがまともなことを言っている。
「そういうことだ。だからお前らは家で……」
「ゆえに! 全員『シークレット・サービス(SP)』の正装に着替えるぞ!!」
「「「了解(ウィ/ダー)!!」」」
「……は?」
数分後。
俺の目の前には、絵に描いたような『超大物マフィアの護衛軍団』が完成していた。
ジャックは、はち切れんばかりの黒スーツに真っ黒なサングラス。耳にはカールコードのイヤホン。完全にハリウッド映画のターミネーターだ。
カレンは、スリットの入ったタイトな黒のスーツ姿。冷酷な美人秘書(怒らせたら氷漬けにされる)のオーラが漂っている。
アーニャは、黒のパンツスーツに身を包み、鋭い眼光で周囲の『死角』を警戒し続けている。元・暗殺者の本領発揮だ。
ジャンに至っては、白馬の騎士から一転、黒のロングコートを着こなす伊達男になっていた。懐にはセラミック包丁(元・聖剣)が忍ばせてある。
「……Boss、準備完了だ。アリ一匹、アンタに近づけさせねえぜ」
ジャックが低い声で(無駄に良い発音で)言った。
「……お兄ちゃん。これ、絶対違う意味で浮くよ」
「俺もそう思う……」
俺は、自分の服装を見下ろした。
しまむらで買った1980円のポロシャツに、履き慣れたチノパン。
どう見ても「休日のお父さん」である。
そんな冴えない一般人の後ろに、ハリウッドスター顔負けの美男美女のSPが四人も控えているのだ。
アンバランスすぎる。どこの弱小国の亡命王子だ。
「まあ、でも……アーマー着ていかれるよりはマシか」
俺は諦めてため息をついた。
せっかくの文化祭だ。こいつらも、毎日地下で農作業や掃除ばかりで息が詰まっていたのだろう。たまには外の空気を吸わせてやるのも、家主(王)の務めかもしれない。
「わかった。連れてってやるけど、絶対騒ぎは起こすなよ? あくまで『俺の知り合い』として大人しくしてろよ」
「ハッ! 御意のままに!」
四人のSPたちが、一糸乱れぬ動きで深く頭を下げた。
「じゃあ、未緒。先に行ってるから、あとで学校でな!」
「う、うん……お兄ちゃん、気をつけてね(いろんな意味で)」
未緒の引きつった笑顔に見送られながら、俺はアパートを出た。
外の路地に一歩出た瞬間。
「対象(Boss)、外界へ移動! クリア!」
「右翼警戒! カレン、上空の魔力探知を怠るな!」
「了解しましたわ! 半径3キロ圏内の敵対存在は、即座に凍結します!」
「我は王の背後を死守する! 近づく者はみじん切りだ!」
……大人しくしろって言ったそばから、これである。
近所の主婦たちが「あら、九条さんち、今日はお葬式かしら」「外国の借金取りじゃないの」とヒソヒソ噂している。
(……先が思いやられるな)
俺はビデオカメラの入ったバッグを握りしめながら、超絶エリート校『第一探索者学園』へと向けて、重い足取りで歩き出した。
このあと、自分たちが学園を根底から震撼させる特大の『嵐』になることなど、俺は知る由もなかった。




